トップ国内【連載】安倍元首相暗殺 裁判を問う (上) 忘れられたテロ事件の本質 「五・一五事件裁判」思わす同情論

【連載】安倍元首相暗殺 裁判を問う (上) 忘れられたテロ事件の本質 「五・一五事件裁判」思わす同情論

安倍元首相暗殺 裁判を問う
公判出廷のため奈良地方裁判所に入る山上徹也被告を乗せた車=12月4日、奈良市

 2022年7月、安倍晋三元首相が奈良市で暗殺された事件で殺人などの罪に問われた山上徹也被告(45)の奈良地方裁判所での裁判員裁判が結審した。15回にわたり公判が開かれ大きな注目を集めた裁判の問題点を浮き彫りにする。(世界日報特別取材班)

 事件発生から3年3カ月余りでようやく開かれた公判は、当初から安倍氏殺害の事実関係では争わず、量刑が争点とされた。山上被告の母親が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に入信し多額の献金などによって家庭の不幸が生じ、不遇な生い立ちが犯行の背景にあるとして弁護側は情状酌量を求めるものとみられた。

 論告で検察側は、母親が旧統一教会に多額献金をするなどした被告の生い立ちについては「犯行の意思決定に与えた影響は極めて限定的だ」とした。その上で「元首相を衆人環視の中で殺害した、わが国の戦後史に前例を見ない犯行」とし「特定の団体にダメージを与えるために暴力的手段に訴えることは、法治国家において絶対に許されない」とし、無期懲役を求刑した。

 これに対し弁護側は「宗教が関わった虐待の被害者であるという視点が必要不可欠だ」とし、「生い立ちは最も重要視されるべき情状事実」と主張、刑期は20年に留(とど)めるべきだとした。

 殺害されたのが安倍元首相1人だったとはいえ、事件が与えた深刻な社会的影響や先例からしても死刑が求刑されるとの予想も少なくなかった。それが無期懲役となったことに元検事の高井康行弁護士は、「重要な政治家が公衆の面前で選挙活動中に殺害されたということが民主主義にどのような影響を与えたのかが全く考慮されておらず、検察の見識を疑う」とし、「長崎市長射殺事件は死刑求刑だったことを考えれば当然死刑とすべきでバランスを欠く」(本紙19日付より)と批判する。

 被告の犯行は政治的な目的を持った「政治テロ」ではなかったかもしれないが、憲政史上最も長く首相を務めた有力政治家、安倍氏を殺害することによって、社会に衝撃を与え特定教団にダメージを与えようとしたのは、テロ以外の何物でもない。イタリアの宗教社会学者、マッシモ・イントロヴィニエ氏は、欧米の事例からも「反カルト・テロ」以外の何物でもないと述べ、日本のメディアが被告をテロリストと呼ばないことを批判している。

 事件発生当初、政治家はじめ多くの人が、民主主義に対する重大な挑戦と凶行を非難したが、旧統一教会問題にスポットが当てられるや、テロという事件の本質は忘れ去られた。

 被告は2019年公開の米映画「JOKER(ジョーカー)」に強い関心を持っていた事が、インターネットの投稿などでうかがえる。自身の不遇や社会への憤懣(ふんまん)から次々に人を殺すピエロ役者が主人公で、彼は一種のダークヒーローとなって、そのまねをする人々が暴動を起こすに至る。

 19年に教団トップが講演で来日した際、被告は名古屋の会場に火炎瓶を持ち込もうとしたが入場できず断念した。その前日に映画館で観(み)たのが「ジョーカー」だった。ツイッターの中で少なくとも主人公への共感など15回以上この映画の話題を投稿している。

 被告がこの映画の主人公と自分を重ねた可能性もある。その影響は、犯行の動機、事件の本質に関わる重要な点と思われるが、警察、検察がこれについて、取り調べを行ったようには見えない。

 安倍氏銃撃事件から1年も経(た)たない23年4月、岸田文雄首相(当時)が衆院選挙の応援中、和歌山県で手製の爆発物を投げ付けられる事件が起きている。このような模倣犯まで生んだ事件にもかかわらず、いまだにメディアはテロ事件という本質から目を逸(そ)らし、境遇への同情論に比重を置いて報じている。

 このような異常な現象は、昭和7年、海軍の青年将校たちが犬養毅(いぬかいつよし)首相を暗殺した五・一五事件の裁判を想起させる。事件発生当初、理不尽に殺された首相に民衆は同情を寄せた。ところが裁判が始まり、被告らに対し同情的に新聞が報じ出してから、世論が大きく変わり、“義挙”として減刑を嘆願する運動が起きる。

 その結果、死刑が求刑されていた首謀者3人は禁錮15年以下に減刑された。このテロリストへの寛大な処分が、その後のテロ続発を招き、昭和11年には二・二六事件が発生し、政党政治は終焉(しゅうえん)する。民主主義への重大な挑戦となった安倍元首相暗殺事件の裁判が令和の五・一五裁判になってはならない。

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