
世界日報の読者でつくる「世日クラブ」の定期講演会が21日、オンラインで開かれ、精神医療による人権侵害の監視活動を行う「市民の人権擁護の会(CCHR)日本支部」代表世話役の米田倫康氏が「『収容所列島』~人権なき精神医療の〝闇〟」と題して講演した。米田氏は憲法が基本的人権の尊重を基盤にしているにもかかわらず、精神医療現場で強制入院に当たる医療保護入院が乱用される問題を指摘。過去の価値観に基づいた法律や制度が現代も続いていることが問題だと強調し、「精神医療を法の下に戻さなければいけない」と訴えた。以下は講演要旨。
CCHRは1969年にアメリカで設立され、92年から日本でも活動するようになった。現代の精神医療は人を死に追いやっても、医療の一環だとすれば取り締まれない。これは精神医療が法律や憲法をも超えた位置にあることを示している。CCHRは精神医療を本来の法の下に戻そうとしている。
現代心理学、現代精神医学は「人間は魂のない動物」だとする唯物論の考えから派生。日本人が持っている精神医療へのイメージと、実際に提供される内容は異なる。
日本の精神医療のルーツはドイツの生物学的精神医学であり、脳や遺伝子の問題が原因で精神病になるという考えを基本とする。ドイツ精神医学会はナチス時代に優生思想と優生政策を推し進め障害者を抹殺する目的で精神病院にガス室を造り、ホロコーストの予行演習のようなことを行った団体だ。
日本の精神医学はそんなドイツ精神医学から影響を受けている。日本精神病院協会設立趣意書には「常に平和と文化との妨害者である精神障害者に対する文化的施設の一環である精神病院」と書かれている。53年7月には日本精神病院協会と日本精神衛生会は連名で厚生省に対して「精神障害者の遺伝を防止するための優生手術の実施を促進せしむる財政的措置を講ずること」という陳情が行われた。この陳情の後に強制的な不妊手術の件数が急増した。
当時の差別的な価値観に基づき制定された旧優生保護法、らい予防法は既に違憲となっているが、精神衛生法(現精神保健福祉法)の運用はいまだに続いている。明らかに憲法違反の状況だが、これを基に社会が回っているため、混乱を回避するためにもそう簡単に違憲と判断されることはない。日本社会には特に、一度決めたものを軌道修正したり、糺(ただ)したりするのが難しい特徴がある。
精神科の入院形態は数種類あるが、措置入院、医療保護入院、任意入院の三つが主だ。そのうち医療保護入院は、精神保健指定医または特定医師が入院を必要と判断し、家族の誰かの同意があれば強制的に入院させられる。司法を介在させずに、民間人が民間人を身柄拘束できるということだ。
検察や警察は、絶対に犯人だと分かっていても確固たる証拠を司法に提出し、令状が出た後にやっと身柄を拘束できる。それを考えると、精神保健指定医は家族の不安を煽(あお)り、疑いレベルで証拠を出さずとも身柄拘束できる。同医が持つ権限は異常だ。
全てが拉致監禁の形ではないが、日本では医療保護入院が年間約18万件ある。平均すると1日で500件になる。精神疾患かどうかは脳画像では判定できないため、問診をした医師の主観によって決まる。
複数の人に特徴的な共通症状が現れるものを「症候群」といい、症候群から発症原因やメカニズムが解明されると「疾患」になる。精神疾患は便宜上、「疾患」としているが、実際は症候群でしかない。精神科医の権威も「精神障害や発達障害は疾患(病気)であるか科学的に証明できていない」と語っている。
科学的であるためには再現性と普遍性を満たす必要がある。精神医療でいえば、異なる医師が同じ人物を診察しても、同じ診断名にならなければならない。しかし、2016年の相模原障害者施設殺傷事件では、事件前に措置入院されていた植松聖(さとし)死刑囚は、その入退院の判断に4人の精神科医が関わっていたが、診断は全て異なり合計七つの診断名が付いていた。つまり、現在の精神医療は科学的ではなく政治的なのだ。
CCHRが問題視しているのは、精神医学が非科学的で根拠が乏しいにもかかわらず、人権侵害を正当化できる過剰な権限を持つことだ。
その過剰な権限による被害者もいる。宇都宮地裁は今年5月29日、宇都宮市の報徳会宇都宮病院と担当医師が、精神疾患がないにもかかわらず富山市の男性を医療保護入院させたとして、損害賠償支払いを命じた。病院の同意書には同居家族ではなく、何年も別居していた長男が署名した。
18年の12月、別居している長男と警備会社の職員数人が男性を富山市の勤務先の介護施設で、羽交い締めにしてワゴン車に乗せた。男性はトイレに行くことも許されず、400㌔㍍も離れた報徳会宇都宮病院まで連れて行かれた。病院に到着しても、高齢の医者はまともに男性の話を聞かずに37日間も拘束させ、病気でもないのに向精神薬を飲ませた。病気でない人に不必要に向精神薬を飲ませた場合、傷害罪に問われ得るが、治療という名目のため罪に問われない。このような非人道的な行為が日本ではまかり通っている。
日本は1950年代から60年代にかけて、儲(もう)かるからとの理由で私立の精神科病院と病床を作り過ぎた。畑違いの医者が院長をしている場合もある。入院治療が中心となった弊害で、日本では患者本人の意思を無視した医療保護入院が当然のように行われている。
国連と世界保健機関(WHO)が2023年10月にメンタルヘルスに関する画期的なガイドラインを発表した。このガイドラインの中では生物医学的モデルに基づいた治療の根本的な欠陥が指摘されており、人権を重視したケアを推奨している。
根拠のない危険や不安を煽り、「本人のため」と強調することで医療保護入院が乱用されてきた。しかし、拘束して薬漬けにし、人の尊厳が失われる状態は医療なのだろうか。入院治療以外のメンタルケアを発展させていくべきだ。
日本の精神科医は、患者を危険な存在、平和の妨害者とし、本人には判断能力がないからと人権と責任を奪ってきた。形式さえ整っていれば合法となるため、医療行政は実際の医療の中身にまで踏み込んだ指導ができていない。
世界平和統一家庭連合(家庭連合、旧統一教会)に起きていることは、精神医療現場の問題と似ている。疑似科学のマインド・コントロール理論で、信者は不幸で社会から隔絶されて生きるというイメージが作られた。その疑似科学が検証されないまま、家族の不安を煽り同意を得て、保護という名目で強制棄教目的の拉致監禁が行われた。それが教団の解散命令に対する司法判断に繋(つな)がっている。
司法は実際、社会や世論に影響される。10年前まで医療保護入院に関する訴訟でどれだけ完璧な証拠を揃(そろ)えても勝てなかった。啓蒙(けいもう)活動を続け、世論が変わることで、司法の判決も変わる。
@市民の人権擁護の会(CCHR)日本支部・代表世話役 米田 倫康氏






