トップ国内イスラム土葬墓地建設、白紙化 都内でシンポジウム 突然の計画に警戒感

イスラム土葬墓地建設、白紙化 都内でシンポジウム 突然の計画に警戒感

違い理解し、住民と対話を 大分・日出町

ディスカッションする三浦小太郎氏(左から)、前川仁之氏、鈴木貫太郎氏=12日、東京都文京区(山田芙珠美撮影)

日本各地で外国人の定住が進む一方で、宗教と地域社会のすれ違いが浮かび上がっている。こうした問題を話し合うシンポジウムがこのほど都内で開かれ、イスラム教徒(ムスリム)向け土葬墓地の建設計画を巡る外国人と地域社会の摩擦やすれ違いが議論された。(山田芙珠美、写真も)

12日、文京区民センターで開かれたシンポジウム「日本の地方と宗教」では、コーディネーターの三浦小太郎氏、ノンフィクション作家の前川仁之氏、『ルポ日本の土葬』(宗教問題、2023年)の著者であるフリーランス記者・鈴木貫太郎氏が登壇。そのうち、鈴木氏は、大分県北東部の日出町(ひじまち)で起きたムスリム向け土葬墓地の建設計画を巡る社会問題について講演した。

人口約2万7千人の日出町では、全国的にも珍しいムスリム墓地の整備が検討された。数年にわたり住民の反対や議論が続いた末、事業者が撤退したことで計画は白紙撤回された。この問題について宗教評論家でジャーナリストのフマユン・ムガール氏は本紙の取材に対し、「日本には、ムスリム用の土葬が可能な墓地は7カ所しかなく、中国・四国・九州地方には1カ所も存在しない」と説明。一刻も早い西日本地方での墓地の建設を望んでいるが、「ムスリム=アルカーイダ(過激派)という固定概念があるのではないか」と疑問を呈した。

一方、鈴木氏は「ムスリムだから反対なのではない」と強調する。住民たちが口にしたのは「計画が進んでいることを知らなかった」「ムスリムの方が直接あいさつに来たわけではない」といった声だった。突然外部から話が持ち込まれたという印象を受け、警戒感が高まったという。実際、反対する住民の中にはかつて親族を土葬した経験を語る人もいた。土葬という宗教習慣そのものが拒絶されたのではなく、「誰が決めたのか」「なぜ相談がなかったのか」など、地域社会の意思決定プロセスが無視されたことへの不満が根底にあった。

日出町のような地方にとって、「国際化」は一方的に押し付けられるものと映ることがある。墓地計画にも当てはまる。国が進める多文化共生の理念は美しく聞こえても、実際に隣人として外国人と向き合い、生活圏を共有し、困りごとに対応するのは地元の人々だ。そうした現場感覚とのギャップが、地域の反発や不信を深める要因になっている。

この問題は、昨年8月投開票の町長選の争点にまで発展し、建設反対を掲げた候補が当選。計画は正式に撤回された。だが鈴木氏は「問題はここで終わらない」と語る。住民と外国人が共に暮らすうえで、合意形成の手続きを丁寧に踏まなければ、誤解や摩擦が繰り返されると警鐘を鳴らした。

ムスリムにとって、土葬は宗教的に極めて重要な慣習だ。遺体はできるだけ早く洗浄し、布で包み、地中に直接埋葬する。火葬は教義上原則として禁じられている。「人間は土から生まれ、土に還る」という自然観に基づく。世界各地のイスラム社会で脈々と受け継がれてきたこの伝統は、日本の火葬文化とは大きく異なる。

日本では、亡くなった人の99・97%が火葬されているとされるが、宗教的理由や伝統的な習わしから、今も土葬を望む人々は存在する。ムスリムだけでなく、一部の神道儀礼や、新たな葬送の形を模索する人々も含まれる。こうした少数の希望が、地域の現場で現実の課題として浮かび上がっている。

三浦氏と前川氏を交えてのディスカッションでは、鈴木氏が「地域に入るには、相手の土俵に立つことが必要だ」と語った。地元の集会所や公民館といった生活圏で地道な対話を重ねることが、信頼構築への第一歩だと訴えた。

今、日本各地で外国人の定住が進んでいる。とりわけ、学生や技能実習生を中心にムスリム人口は年々増加し、やがて「死後の在り方」まで地域で受け止める必要が出てくる。文化や宗教の違いをどう理解し、対話を通じて地域の多様性を受け入れていくのか。日出町の例は、日本社会が直面しつつある課題を浮き彫りにしている。

spot_img

人気記事

新着記事

TOP記事(全期間)

Google Translate »