
快晴の中、一面に広がる青い芝生の上を1歳の男の子がおぼつかない足取りで歩く。時折、手をついてハイハイをしながら芝生の感触を楽しんでいた。
「きょう初めて子供が靴を履いて、外を歩く練習をしているんです」。笑顔でこう話すのは群馬県高崎市在住の岡島仁美さん(37)だ。
岡島さんは世界平和統一家庭連合(家庭連合、旧統一教会)のいわゆる「宗教2世」。5月の連休を利用し、教団が群馬県片品村に所有する「尾瀬霊園」に親族の墓参りへやって来た。墓石の前にレジャーシートを敷き、家族でピクニックを楽しんでいるかのようだった。

家庭連合への文部科学省による解散命令請求が確定した際、法人が所有・契約する墓地がどうなるか、遺族間には不安と懸念が広がっている。岡島さんは「大丈夫だろうと楽観視したい思いはあるが、もし失われたら本当に残念。家族を亡くした遺族同士の交流の場にもなっており、今まで通り続いてほしい」と話した。
今から40年以上前、信者の亡くなった子供の埋葬場所がほしいという声から整備された尾瀬霊園は、生涯を終えた信者の「安住の地」となっている。自然豊かでのどかな霊園の雰囲気は、訪れる信者同士の横のつながりを生み出してきた。遺族間の交流の中で、結婚に至った2世カップルも多いという。
年間で延べ500人以上、多い年は1000人近くの信者が、ボランティアとして草刈りなど霊園の管理を手伝う。埼玉県から家族と一緒に来たという50代の男性信者は、尾瀬霊園に10年以上ボランティアで足を運んでいると話し、「できる限りは来たいが、それさえ難しくなるのは寂しいし、複雑な気持ちだ」と顔を曇らせる。
解散を命じられた宗教法人はどうなるのか。法人は清算法人となり、裁判所から選ばれた清算人によって清算手続きが進められる。宗教法人法によって定められている清算人の手続きは、①現務の決了②債権の取り立て及び債務の弁済③残余財産の引き渡し――の三つだ。
これらの処理が終了すれば、宗教法人の法人格は消滅するが、逆に言えばこの処理が終わらない限り、墓地への立ち入りすら許されず、放置されるという事態が危惧される。資金の流れもストップするため、墓地管理者への人件費や維持費が滞り、新たな遺骨の受け入れも禁止されかねない。
しかも法人格を失った宗教団体は、その瞬間から墓地運営が不可能となってしまう。厚生労働省の掲げる方針や各地方自治体の規定では、墓地の運営主体は地方公共団体か公益法人、または宗教法人でなければならないからだ。
解散後、墓地は次の帰属先が決まるまで、原則として清算人の管理下に置かれるとみられる。しかし、墓地の清掃や墓荒らしといったトラブル対応など、具体的な実務に手が回らなくなる可能性は高い。
遺族の不安に政府は説明を

清算後に別の宗教法人や自治体が墓地の管理を引き受けたとしても、家庭連合の教義に基づいた納骨や慰霊祭の実施は困難になることが予想される。これまで遺族の心の支えとなっていた、墓地を中心とする信者間の宗教的コミュニティーも希薄化するかもしれない。
地域ごとに信者遺族を中心として、新たな公益法人を立ち上げるという方法も可能だが、一般的にも財政難で経営破綻してしまう墓地も多く、そもそも行政側の審査を通過できるかというハードルもある。
教団名義で墓地を借りているケースだと、土地所有者との交渉が不可欠だ。新しい管理団体を準備できても、所有者側が拒否すれば、墓地からの立ち退きを巡って裁判となる事態も起こり得る。
三重県鈴鹿市にある教団の「中日本霊園」は、仏教系寺院の所有する墓地を借りて運営している。同霊園遺族会の中林次郎事務局長は「解散すると墓地はどうなるのか、遺族から尋ねられるが私も答えることができない」と不安を吐露する。
親族が同霊園に眠っているという中部地方在住の30代男性は「遺族としては墓地を廃止されたり、放置状態になるのが一番困る。墓地には信者以外の人もいると聞くので、そうした人たちも含めた説明の機会が必要なのでは」と険しい表情を浮かべた。
東京地裁は3月25日に出した解散命令の中で、「信者の宗教上の行為を禁止したり制限したりする法的効果を一切伴わない」「精神的・宗教的側面に立ち入ろうとするものではない」と、信教の自由は保障されるとしきりに強調した。
だが、一方で、解散命令によって「宗教法人に帰属する財産を用いて信者らが行っていた宗教上の行為を継続するのに支障を生じさせることがあり得る」と指摘。それを「必要でやむを得ない」と断じている。
では、法人格を失うことで墓地運営が困難になり、遺族に「出て行け」と伝えることまでも本当に「必要でやむを得ない」ことなのか。墓地への納骨や自由な墓参りが禁じられることで信者が負う精神的苦痛は「精神的・宗教的側面に立ち入ろうとするものではない」と断言できるのか。
解散後も信教の自由は守られるというのであれば、政府や裁判所は現役信者への配慮を軽視せず、具体的にそれを保証する責任がある。少なくとも政府は不安を抱く信者遺族への説明をあいまいにせず、実態調査を含めてしっかりと向き合うべきだろう。
(信教の自由取材班)