
左派に「支配層」交代の思惑も 運命の3月、北東アジア情勢にも影響
世界日報の読者でつくる「世日クラブ」の定期講演会が先月22日、オンラインで開かれ、本紙編集委員の上田勇実(いさみ)氏が「風雲急を告げる韓国情勢~尹大統領『弾劾』の深層」と題して講演した。韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の弾劾反対は、北朝鮮に追従する野党上層部や司法の影響で「単なる大統領の裁判問題ではなく、国の自由民主主義を守る戦いになっている」と強調。判決によっては北東アジアの情勢にも大きく影響すると語った。以下は講演要旨。
韓国の尹大統領が非常戒厳令を出した昨年12月から韓国で起きていることは非常に複雑だ。世論調査では昨年12月には7~8割の人々が尹大統領の弾劾に賛成していた。最近では約6割にとどまり、4割は弾劾に反対している。
左派を中心とした1万5千人が今月15日、ソウルの光化門広場で「内乱首謀・尹錫悦 罷免せよ」と弾劾を求める集会を行った。40~50代が多く、会場には左派系の労働団体や市民団体、政党の旗が多くはためいていた。同日、街中で弾劾反対の保守系の集会が「弾劾無効 李在明(イ・ジェミョン)逮捕」をスローガンに行われた。60代以上を中心に約4万人が集まり、韓国の太極旗と米国の星条旗を手にしていた。
非常戒厳令を発令した尹大統領の動機は二つあった。「破廉恥な従北(盲目的に北朝鮮に追従する人々の意味)反国家勢力を一掃し、自由憲政秩序を守るため」、そして「野党が政府高官らへの弾劾を乱発し、予算を削減して、国政が麻痺(まひ)したため」だ。ただ、昨年12月の時点で多くの国民はなぜ戒厳令が宣言されたのか分わからず呆気(あっけ)にとられた状態で、大統領の切迫した思いとは乖離(かいり)があった。
そもそも戒厳令は、大統領が戦時や事変、それに準ずる国家非常事態で社会秩序が極度に混乱した際に、軍事上の必要性や公共の秩序を維持するために宣布されるもの。国民からすれば、戒厳令は軍事政権時代に強権で統制を行う印象が強かった。
尹大統領が戒厳令を発し、弾劾訴追されるまでの11日間に警察、検察、高位公職者犯罪捜査庁などの捜査機関が先を争うように大統領の捜査に乗り出した。大統領がまだ職務停止でない状態にもかかわらず起きた一連の動きに違和感を覚えた。野党や市民団体の動きからも尹大統領の弾劾はかなり前から準備されていたことが分かる。
左派が弾劾の準備を整え、虎視眈々(たんたん)とチャンスを狙っていたタイミングで尹大統領は戒厳令を出してしまったため、左派陣営の思うつぼだった。
左派が弾劾にこだわるのは歴史的な背景がある。韓国が日本の統治から解放された1945年からしばらくの間、韓国は「親日派」を中心に国政運営を行わざるを得なかった。当時の指導者は韓国南東部・慶尚道の出身者が多く、高速道路の建設などをはじめとした利益誘導があり、南西部・全羅道は差別されたと感じていた。
軍事独裁政権の抑圧を感じていた国民は後にその一部が「支配層」の交代を求め、1980年代に民主化運動を起こした。その後、大学生を中心に北朝鮮を信奉する主体思想派が民主化運動を掌握。その世代を「386世代」と呼び、現在では彼らが各界各層で社会の中心的存在として実権を握るようになった。80年代の学生運動から40年以上経(た)っているのに北朝鮮を信奉する人がいるのかと疑問を持つ人もいるが、人の根本的な意識というのは大きくは変わらない。
また、朝鮮半島は王朝時代が約500年続いた弊害もあるだろう。実権を握った一部の人たちが全てを独占するので、追いやられた人々の恨みや不満には凄(すさ)まじいものがあった。その精神的な部分が今も韓国に残っているように見える。だからこそ、現職大統領をテレビが生中継する中で拘束するという辱めを与えることにこだわったのではないか。
現在、尹大統領の弾劾を審理している憲法裁判所は、三審制が原則の裁判所とは異なる機関で、政党を解散させることも、大統領を弾劾することもできる。本来は政治的に中立でなければならないが、左派系の裁判官が4人ほどおり、尹大統領の弾劾審理はあきれるほど早く進んでいる。左派が審理を急ぐのは尹大統領を引きずり降ろして、早い段階で大統領選を行いたいからだ。
判事と野党が内通しているとの疑惑も出ている。憲法裁判所の8人の裁判官(定員9、現在1人欠員)のトップは韓国の現体制を変えなければならないと考える左派系の「ウリ法研究会」という判事の集まりの出身だ。この集まりについてある元検事は「単なる左派ではなく従北」と言えるほど、韓国の国家的伝統性は大韓民国ではなく、北朝鮮にあると考える人々だと説明した。
前述の元検事は「今回の憲法裁判は一国の大統領の運命を決める裁判なのに、まるで北朝鮮の裁判官が韓国の憲法裁判所に乗り込んできて判決を下す人民裁判のようだ」と話していた。北朝鮮のスパイなどの証言から、韓国の判事や弁護士には北朝鮮から経済支援を受けた人が驚くほど多いのではないかという見方さえある。
韓国の国家情報院で17年間思想教育を担当していた李煕天(イ・ヒチョン)氏に話を聞いたところ、尹大統領弾劾に賛成か反対かという問題の本質は「体制間戦争」であり、自由民主主義を守るのか、全体主義・共産主義的路線への隠密な転機を受け入れるかにあると話していた。
与党などは、今まで野党を「従北だ」と批判していたが、国民には届かなかった。従北勢力が立法府を掌握したことで、法律や予算面で行政府を麻痺させた。司法の一部も手中に収めていたため、尹大統領の一連の事件により国民が次第に「大韓民国政府が転覆しかけている」と悟るようになったという。
韓国は今まで、60代以上が保守、40~50代が革新、20~30代の男性は兵役などの影響で保守、20~30代女性は男女の賃金格差の問題などから革新、ときれいに分かれていたが、変わりつつある。
尹大統領の弾劾可否を巡る憲法裁判所の判決は3月中旬には出るだろう。状況を考えると罷免の可能性もある。その場合、60日以内に次期大統領選が実施される。有力候補とみられているのは野党では最大野党・共に民主党の李在明代表だ。ただ、前回の大統領選の過程で虚偽の発言をしたとして公職選挙法違反の罪に問われる裁判が行われるなど、多くの疑惑がある。李代表の二審判決は3月に出る予定で、その結果も次の大統領選に関係してくる。
保守系の政治評論家によると、韓国国民は最初は戒厳令を出した尹大統領に、しばらくして原因を提供した李代表に、そして必要以上に審理を早める憲法裁判所に憤慨している。また、尹大統領が弾劾・罷免された場合には、李代表に対し疑問を投げ掛ける世論が広がるとみているという。
韓国にとって、3月は運命の月となる。結果次第では北東アジアの情勢も変わりかねないため、日本にとっても非常に重要だ。