トップ国内唐木順三『日本人の心の歴史』(上・下)を読む

唐木順三『日本人の心の歴史』(上・下)を読む

季節美観から迫る日本の心

唐木順三著『日本人の心の歴史』上・下(筑摩書房)

江戸時代の文化にも鋭い指摘

近代文明への批判・警鐘

世界的な気候変動の影響で、日本の四季の様相も徐々に変わってきている。日本人は季節の移り変わりの中に美を感じ、文化の根底には季節感があるが、その土台が崩れつつある。加えて、インターネットなどバーチャル空間にどっぷりと漬かり、自然と直接触れ合うことの少なくなった日本人、特に子供たちの将来はどうなるのだろう――。

そんな危惧を抱きながら、昭和期に活躍した評論家、唐木順三(1904~80年)の『日本人の心の歴史』上・下(筑摩書房)を読んだ。副題が「季節美観の変遷を中心に」となっている。

「はしがき」で唐木は書いている。「『日本人の心の歴史』といふときの『こころ』は、精神といふような、骨つぽいがどこか痩せてゐるものとは違つてゐる」。思想や精神を核としつつも、文学作品を中心に豊かな肉付きをした「心」の歴史をたどっていくのである。

日本人がなぜ季節の変化に敏感であるか、その理由にモンスーン地帯に属することなど気候や地理的環境などを挙げた上で、「古今集」がその部立(ぶだて)を春、夏、秋、冬、賀、離別、羇旅(きりょ)…としたことに注目する。

「四季の部立といふ世界中のアンソロジイで未だ曾てない試みを、初めて使用した」のは、「古今集の撰者たちが、やまとうた、和歌は季節、季節感を本質としてゐると判断したといふことである。或ひは季節季節の風物によつて触発される心をうたふことが和歌の本質だと認定したことといふことである」と喝破する。

一方、唐木は「時代の平均的嗜好の変遷、季節感の歴史的変遷の背後には、その時代の歴史的性格がある」と指摘。季節感の考察からその時代と文化の本質を照らしていく。

例えば江戸時代とその文化については、「身分に縛られ、常に社会的に行動しなければならないとき、ひとは自然へ直接向かふことはできない」とし、そのため「文字や言葉や絵画に移された自然や季節を通して、その飢渇を補はうとした」と言う。

さらに詩人佐藤春夫が与謝蕪村を「自然の子ではなく孫になってしまった」と言ったことを挙げ、これは徳川時代の文人一般に対する評であるという。また井原西鶴や近松門左衛門が描くのは、人間、男女で、自然は描かれても添え物にすぎないと指摘しながら、それでも「なぜ花や月を、露や星をもち出さざるをえなかつたのか。ここには何か大きな問題がかくされてゐるやうである」と指摘する。

文学評論と哲学的思索を綯(な)い交ぜにしながら、万葉集から始まり道元、世阿弥、松尾芭蕉などを経て近代の写生文や斎藤茂吉の歌論まで論じていく。筆は縦横に走り、主題から少し離れたところでも至る所に慧眼(けいがん)が光る。日本の朱子学の祖である藤原惺窩(せいか)が仏教から儒教に転向する際、大きな思想的心理的葛藤がなかった理由の考察などがそれだ。

終章「現代文明化の自然・季節」では、「自然、人心もに崩壊にするに到つた理由」を近代の合理主義と科学技術文明にあると断じている。本書が刊行されたのが1970年、「人類の進歩と調和」をうたった大阪万博の年であったことを考えると、確かに唐木は粕谷一希が言うように「反時代的思索者」であった。

人文学者の澤村修治氏はミネルヴァ評伝選『唐木順三』で、日本の文学者で戦後社会の在り方、進歩主義に疑問を投げ掛けた文学者として小林秀雄、福田恆存(つねあり)と共に唐木を挙げ、「小林や福田が都会的な論者である一方、唐木には土性と朴風がある。(略)その唐木という表現者が在ってこそ、日本の戦後思想はふくよかなものになり、思想地図はよりバランスが取れたものになるはずだ」と述べている。

日本文化の根幹が揺らぎ、人間と自然との関係が深刻に問われている今こそ、唐木の著作は改めて読み直されるべきだろう。

(特別編集委員・藤橋進)

spot_img

人気記事

新着記事

TOP記事(全期間)

Google Translate »