
――日本では戦前、また戦時中、国家による宗教弾圧が行われた。戦後は、日本国憲法に信教の自由が明記された。80年たった今、世界平和統一家庭連合(家庭連合、旧統一教会)の事案は、基本的人権としての信教の自由について、国民全体が自問する機会ともなっている。だが政府による解散命令請求、これと並行した国会による特定不法行為等被害者特例法など立法の動きは、家庭連合一般信者にさまざまな人権侵害をもたらす問題点が指摘されている。
政府が信者の家族に、ことさらにクレームを起こさせる仕組みによって、一つの宗教法人が、葬られようとしている。実に危険なシステムであり、断じて容認できない。国内的には憲法で保障された、また国際的には、国際人権規約で擁護された、信教の自由を著しく侵すもので、政府の責任は重大だ。
【前回】【連載】家庭連合解散命令請求 文科省陳述書捏造疑惑 識者に聞く 新法がむしろ家族の分断招く 国際人権弁護士 パトリシア・デュバル氏(上)
――日本の法体系では、「公共の福祉」の考え方によって、信教の自由を制限している。国際法の観点とは対立するが。
国連の自由権規約人権委員会(HRC)は、日本政府による批准に基づき、過去15年以上にわたって、「公共の福祉」という概念によって信教の自由を制限してはならないと勧告を行ってきた。公共の福祉は曖昧な概念であり法理上、無制限かつ、恣意(しい)的に用いられ得るのだ。
国際人権法の専門家として、信教の自由は「宗教マイノリティーの信仰を擁護する」ことこそ、核心精神である、と申し述べておきたい。民主主義国家では多数派の宗教について、信教の自由を論ずることは稀(まれ)だ。
少数を擁護しながらその上で、政府における立ち位置は、多数派、少数派いずれにも偏らず、中立でなければならない。
だが文部科学省による家庭連合への解散命令請求では、宗教マイノリティーを擁護するのとは真逆に、公共の福祉の名の下に、その少数を駆逐しようとしている。かつ、中立ではなく、政府の立ち位置が多数に寄り掛かっている。この二つの点から国際人権法に違反するのだ。
――人権侵害と言えば、4300人に上る家庭連合信者らが、過去60年近く、拉致監禁、強制棄教に遭遇してきた。
暴力と共に身体を拘束されて拉致、強制的に監禁されてあらゆる自由を剥奪、信仰を捨てるまでそれが無期限に継続される。日本で「戦後最大の人権侵害」と言われるゆえんだ。監禁が最長、12年5カ月に及んだ後藤徹氏について、「親族らの行為は違法だったとして親族らが2200万円の賠償を支払うとする判決が確定している」(朝日新聞25年1月31日付)と最近も報じられた事例の通りだ。
国際人権規約18条2項は、大人の個人による信教の自由について、強制的な侵害を受けない権利を謳(うた)っている。60年にもなる長期間、4300人にも上る拉致監禁、強制棄教を政府が放置してきたのは言語道断だ。2014年、HRCが具体的な証拠を示しながら、日本政府にその権利保障へ有効な手段を講ずるよう勧告した。数カ月後、東京高等裁判所で後藤氏の裁判で賠償を増額した勝訴判決が、ようやく下された記憶は鮮明だ。
批准国である日本は、警察と司法を動員し、この人権侵害を根絶しなければならない。今回、来日してみると直近の2年間でも、拉致監禁・強制棄教が2件、起きていたことが分かった。私の一つの使命は、日本の宗教マイノリティーへのこうした人権被害状況を、国際社会に周知させていくことだ。日本の次には渡米し、関係各位に訴えていく計画だ。
(信教の自由取材班)