
アジアから欧州まで陸路と海上航路でつなぐ巨大な経済圏構想に、現代版シルクロードとも呼ばれ、中国が2013年に提唱した「一帯一路」がある。ところが、大型インフラ投資に途上国を借金漬けに陥らせる「債務の罠(わな)」に見られるように中国の覇権主義に対する警戒心が参加国や周辺諸国で広がっている。
一帯一路の原案ともいえる構想は、久留米大学名誉教授・大矢野栄次氏がJR九州の初代社長・石井幸孝氏と一緒に中国を訪問した際に提案した東京-ロンドン間の新幹線構想にあるとされる。大矢野氏は「習近平国家主席の一帯一路構想につながったと自負している」と述べる一方で、「(中国が)参加国の自立と利益を考慮しなかった」ことを憂えている。
大矢野氏が提唱する環日本海経済圏構想を実現させるには、参加国が利益を得られることを保証することが必須だという。そこで鍵を握るのが地域の農業の安定だ。
1930年代、日本が旧満州国に米作技術を導入したため稲作が発達したが、シベリア東部や中国東北三省はまだ農業が弱い地域だ。「いくら雇用が増えても、食料がなければ発展しない」として、東アジアのサプライチェーンを拡大するに当たり、まず、経済発展の土台となる農業問題に取り組む必要があると説明する。途上国で人口が増加し、世界中が食糧不足になる見通しがあるが、北東アジアが農業経済圏として成り立つような政策を投じる必要性を訴えた。
経済格差の問題は世界各地で衝突を生む原因となっている。これについて大矢野氏は、「格差是正に効果があるのは農業」であり、「食料が安く手に入れば、給料が安くても生活でき、生産性が上がる」と説明する。シベリア、中国の東北三省、北朝鮮は現在、農業が疲弊することで国内・域内経済が疲弊する状況に陥っている。特に食料問題が深刻な北朝鮮には、日本が農業の改善・普及に向けて援助するに当たり、国内政治の問題が足かせになっている。
大矢野氏は、まずは足元から見直すことを提案する。農業が国の経済を支えるからこそ、農業を重視する考えが1960年代の日本にはあった。しかし現在は、「食料自給ができなくても輸入したら良いという考えになっている」。日本の食料自給率は1965年には70%以上あったが、最近では40%ほどまで落ち込んでいる。その原因は「政府にある」と大矢野氏は強調する。「日本の農業で儲(もう)かる仕組みづくりは難しくない」が、農業で儲けようとしても「米国の政策で日本は食料自立できないようにされた」。これは「戦後日本における経済発展の失敗だ」という。
日本の農業政策が米国の影響を受けているだけでない。大矢野氏は、政治家の理解力と政策立案能力の不足が日本の食料安全保障政策の進展を妨げていると指摘した上でこう続ける。「食料自給率を上げようとすれば米国の反対に直面する。実は米国にとって日本が核武装するのと同程度に嫌がるのが食料安全保障だ。自立した農業の実現が国の基本であると理解しなければならない」
日本人の閉鎖的な態度や国際関係への無関心は克服すべき課題だ。「隣国と仲が悪いことが損であることを多くの日本人は分からない。日本が島国であることは、実際には開放的な性質を持つにもかかわらず、閉鎖的だと誤って教育されている」
こう強調する大矢野氏は、近隣諸国・地域の中でも特にシベリア、中国東北部に関する知識や関心が乏しく、外国との経済交流と自分の生活のつながりを理解できない人が多いことを問題視する。シベリア出兵や樺太・北方領土の問題すら知らず、日本の近現代史さえ知らずに、メディアの影響を受けて直感的に判断しているのが現状だと嘆いた。
日韓トンネル、国際ハイウェイ、環日本海経済圏の構想を推し進めるには、視野を広げた教育や世論形成が不可欠だというのが大矢野氏の持論だ。
一帯一路構想を足掛かりにアジアにおける覇権主義を強める中国の野望に歯止めをかけるためにも、日韓米を中心とした自由主義陣営が大きな経済圏構想を主導していく必要があるだろう。
(日韓トンネル取材班)
=おわり=