トップ国内【連載】脅かされる信教の自由-56- エピローグ(上) 政教分離への誤解 反宗教的な世俗主義生む 

【連載】脅かされる信教の自由-56- エピローグ(上) 政教分離への誤解 反宗教的な世俗主義生む 

文部科学省、スポーツ庁、文化庁(東京庁舎)が入居する建物の旧玄関=東京都千代田区霞が関(加藤玲和撮影)

岸田文雄首相(2022年10月当時)の宗教法人法の一夜での解釈変更に象徴される信教の自由の侵害が、民主国家の日本で、なぜこれほどまでに安々と行われてしまうのか。基本的人権を侵害する強制棄教(ディプログラミング)が行われていることにマスメディアはなぜ目をつぶるのか。

日本国憲法で信教の自由は保障されたが、それはいわば与えられた自由であり、西欧諸国のように宗教戦争や迫害の後に勝ち取られたものでないという歴史性や限界があるのは事実だ。しかし、それとともに戦後日本において、政教分離が誤って理解され、極端な世俗主義的風潮を生んでしまったことが大きい。

1945年(昭和20年)12月15日、GHQ(連合国軍総司令部)は「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」いわゆる「神道指令」を出す。日本の精神的武装解除を目指すGHQが、日本の軍国主義を支えてきたと見る国家神道の国からの分離を命じたものだ。さらには国家と宗教の完全分離を掲げた。

しかし、GHQ民間情報教育局(CIE)のスタッフで宗教法人法の制定に中心的役割を果たしたW・P・ウッダードは後に、神道指令に欠陥があったことを認めている。「政教分離というよりもむしろ宗教と国家の余りにも極端な分離」を挙げている。こういった事情は宗教学者の大原康男氏の研究によって明らかになっている。

日本国憲法第20条には「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」とまず信教の自由が保障され、それに続いていわゆる政教分離原則が掲げられている。国が特定宗教に肩入れするなどし、信教の自由が侵されないことが政教分離の目指すことであるということは、神道指令や新憲法が生まれた経緯からも明らかである。

欧米の政教分離の実態を見ても、政治が宗教と完全に関わりを持ってはいけないということではない。自由と公平性を担保することがその狙いである。

政教分離については、77年(昭和52年)、三重県津市の体育館の起工式で神職への謝礼を公費から出したことが憲法に違反するとして共産党市議が訴えた津地鎮祭訴訟で最高裁が重要な判断を示している。政教分離は「国家が宗教的に中立であることを要求するものではあるが、国家が宗教とのかかわり合いをもつことを全く許さないとするのではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いが右の諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないものとすると解すべきである」との判断を示した。

この判決で、憲法の国家と宗教の「完全分離」は明確に否定され、さらに政教分離の目的とするところが国家の宗教的中立、信教の自由であることがはっきりと示された。

しかし、この最高裁判決以後も、左翼勢力による政教分離の徹底を求める訴訟は後を絶たなかった。そんな中で政治や行政が少しでも宗教と関わりを持つと「政教分離違反」と短絡する風潮が生まれた。その結果、反宗教的な極端な世俗主義がまん延していった。世界平和統一家庭連合(家庭連合、旧統一教会)と政治家の結び付きがクローズアップされると、そのこと自体が悪であるという見方が広がった背景には行き過ぎた世俗主義の風潮があった。

本来は信教の自由を守るために掲げられた政教分離の誤った理解とその政治的な利用により、信教の自由が脅かされるというのは皮肉では済まない悲劇である。家庭連合への解散請求問題で瀬戸際に立つ信教の自由を巡る危機の背景には、GHQの場当たり的宗教政策が端緒となり、それを悪用してきた左翼勢力があることに気付くべきである。(信教の自由取材班)

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