石破茂首相の下実施された衆院選挙で自民党と公明党の与党が過半数割れした。岸田文雄前政権を引き継ぎ、“岸破”と揶揄(やゆ)されながら戦後最短となる首相就任8日後の衆院解散に踏み切った石破政権の敗因、過半数となった野党勢力の政権展望などを探る。(衆院選取材班)
「悪夢のような民主党政権と言うが、あの頃のことを覚えている人はずいぶん減った」
石破首相は22日、愛知県豊田市でこう述べ、別の演説会場では野田佳彦元首相が代表を務める立憲民主党を念頭に「無責任な人たちに政権を任せてはいけない」と訴えたが、「政治とカネ」の問題を抱える自民には説得力はなかった。
選挙結果を受け、石破氏は「政権復帰以来、ずっと長く政権を担当した。それも常に自らを律していかねばならないが、どこかに緩み、おごりがあったことは、私自身反省をしている」と述べた。
自民党の凋落は、党内の異論を抑えたLGBT理解増進法制定など岸田前首相の党執行部がリベラル路線を強引に進め、保守層の離反を招いたことが一因だ。自民は前回と比べ533万票を減らし、立憲民主党は7万しか増やしてない。
追い打ちをかけるように政治資金収支報告書の不記載問題が浮上すると、岸田執行部は派閥解散の音頭を取り、不記載のあった議員の処分を通して党刷新の起爆剤にしようとした。しかし、処分を巡っては安倍派議員を狙い撃ちし、処分問題の過程で「記載漏れ」は「裏金」という言葉になってメディアに定着。さらに支持を失った岸田氏は総裁選不出馬を決めた。
解散総選挙は、3年間の岸田政権に対する国民の審判でもあった。内閣支持率が高かった2023年5月の主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)直後の解散のタイミングを逸すると、支持率は下降線をたどった。石破氏はその尻拭い役という見方もできる。
岸田氏の強い影響の下に発足した石破内閣だが、ご祝儀相場を得られなかった。安倍晋三元首相を「国賊」と批判した村上誠一郎氏を総務相に重用するなど、自身に近い人物を集めた組閣人事は、安倍氏を支持してきた岩盤保守層の怒りを買った。
9人が立候補した総裁選では、議員票、党員票共に高市早苗前経済安全保障担当相の後塵(こうじん)を拝した石破氏が、決選投票で旧岸田派の組織的後押しを受けて当選した。総裁選では予算委員会で野党と本格的な論戦を交わした上で、衆院解散の時期を判断すると言っていたが、その言を翻して首相就任前に衆院選公示日と投票日を発表。野党に時間を与えない狙いとみられ、野党の強い反発を招いた。
それに畳み掛けるように、記載漏れ議員の非公認や比例代表との重複立候補を認めない“二重処分”が下された。票のための保身的な“見せしめ”であり、選挙結果から見て有権者の理解を得たとは言えない。
極めつけは、選挙終盤に非公認候補の党支部への2000万円の支給。あくまで党勢拡大への活動費で選挙活動に使わないと説明しても、支給額が公認候補と同額(公認料と活動費の合計)では説得力を持たない。これが共産党機関紙「しんぶん赤旗」に掲載され、「裏公認料」「偽装非公認」と攻撃される始末だ。あまりにも感覚がずれている支給だが、情報漏洩(ろうえい)には党内統制の乱れがうかがわれる。
選挙戦中盤までは、各種世論調査で自公の過半数が視野に入っていたが、その可能性が一気にしぼんだ。愛知1区で当選した河村たかし氏(日本保守党)は25日の街頭演説で、この問題の影響で「自民党の支持率は、3%下がった」と話した。自公の過半数割れが決定的になった。
野党から「政治とカネ」の問題を徹底追及される選挙となり、首相の掲げる「地方創生」や安全保障、経済対策などの自民が得意とするテーマは焦点にならずに終わった。