トップ国内石破首相が提唱「アジア版NATO」に疑問

石破首相が提唱「アジア版NATO」に疑問

元沖縄県副知事 牧野浩隆氏に聞く

現行安保体制への認識欠如

 まきの・ひろたか 1940年、沖縄県石垣市生まれ。大分大学経済学部卒業後、米カリフォルニアウェスタン大学修士課程修了。64年に琉球銀行に入行。沖縄経済と基地問題に関する研究に従事。99年から2006年まで、稲嶺恵一沖縄県知事の下で副知事を務めた。沖縄県立博物館・美術館の初代館長。著書に、『戦後沖縄経済史』『バランスある解決を求めて-沖縄振興と基地問題』『再考 沖縄経済』など。

石破茂首相は、日本周辺の安全保障環境が厳しさを増していることを踏まえ、自民党総裁選で「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」の創設を掲げ、日米地位協定の見直しなどに着手すると主張した。果たしてこれらは、日本の安全保障強化のために必要な次の一手なのか。戦後の米軍統治の歴史や、日米安全保障条約、日米地位協定の経緯などに詳しい元沖縄県副知事の牧野浩隆氏の見解を聞いた。(聞き手=沖縄支局・川瀬裕也)

自国防衛と相互扶助が前提

まず憲法改正、防衛力強化を

戦後、米国はアジアにおける安保体制としてNATOと同様の「太平洋協定」を実現するべく尽力してきた。しかし諸事情により実現は難しく、日米安保条約やANZUS(オーストラリア・ニュージーランド・米国相互安全保障条約)、米比相互防衛条約という三つの安全保障体制を構築してきた経緯がある。

石破氏の発言は、これらの経緯をどのように認識しているのか疑問視せざるを得ない。石破氏が提唱する「アジア版NATO」について検証するためには、まず安全保障の歴史を振り返る必要がある。

米国は戦後、日本の非軍事化のため武装解除を進めた。しかしソ連のスターリンの裏切りにより冷戦が勃発したことで状況が一転した。ヨーロッパは「鉄のカーテン」によって民主主義陣営とソ連が対立。この冷戦に備えるために1949年4月に結成されたのがNATOである。

そもそも安全保障の前提として、平和を維持するための論理は、①パワーポリティクス(権力政治)②バランスオブパワー(勢力均衡)③集団安全保障の三つが基礎となっている。しかし、①と②が自国中心主義に基づく体制にすぎないため、国際社会全体の平和を実現する政策として「集団安全保障」の概念が生まれ、国連憲章で制度化された。この成功例の一つがNATOである。

記者会見する石破茂首相=10月1日午後、首相官邸

NATOが結成された49年の10月、アジアでは中国が共産化し、50年2月に中ソ友好同盟相互援助条約を締結。同年6月には朝鮮戦争が勃発した。これに対して、自由民主主義体制を防衛するためにアジアにおける集団安全保障体制の確立が喫緊の課題となった。

そこで米国のトルーマン大統領(当時)は51年1月、ダレス国務長官顧問(同)に対して、①日本がその一部である島嶼(とうしょ)チェーンの防衛に、米国が相当規模の武力をコミットさせる②日本に自国の防衛能力を身に付けさせる③太平洋島嶼国家(豪州、ニュージーランド、フィリピン、日本、米国、インドネシア)の間で相互援助の取り決めを創設する――ことを指示した。まさに「アジア版NATO」に当たる「太平洋協定」構想であった。

しかし、ダレス氏の交渉は難航した。豪州やフィリピンにとって、先の大戦で敵国であった日本が再軍備し、さらに同盟関係を結ぶことは簡単には受け入れられなかったからである。

このため、トルーマン大統領は51年4月に太平洋協定構想を断念し、フィリピン、豪州、ニュージーランドおよび日本と米国が個別に同盟関係を結ぶことなどを通して、太平洋協定に代わるアジアでの米国を中心とした独自の安全保障体制の構築を図ることになった。これらの背景を受け52年4月、サンフランシスコで対日講和条約と日米安全保障条約が締結された。

両条約を振り返る上で、48年に米上院議会で行われたヴァンデンバーグ決議で示された「自助及び相互扶助の原則」について理解しておかなければならない。長く相互不干渉のモンロー主義を貫いてきた米国がNATOに加盟するに当たり、条件として同盟国の自国防衛と相互扶助が必要不可欠であるとの認識である。

これに照らし合わせると、軍を持たず自国防衛すらできない当時の日本と安保条約を結ぶことは米国にとって極めて難しいことだった。しかし米国は、日本を自由民主主義陣営の一員として育成強化するため、吉田茂首相(当時)が再軍備を確約したことを信じて暫定措置として日本と安保条約を結んだのである。それに関連して取り決められたのが現在まで続く「日米地位協定」だ。

これにより米国は日米安保条約を軸としてフィリピンや豪州などと同盟関係を結び、現在に至るまでの確固たる安保体制を維持してきたのである。これらの経緯をしっかりと理解した上で、石破氏は「アジア版NATO」創設や日米地位協定の見直しを掲げているのだろうか。甚だ疑問符が残る。

今、目指すべきことは、憲法改正を含め、防衛力強化の必要性を国民に十分認識させ、国連憲章の趣旨に従って、米国を核とした安全保障体制の中で日本が重要な国際的貢献を果たしていくことであろう。

(談)

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