2022年7月8日午前11時36分に奈良県・大和西大寺駅の北口ロータリーで発生した事件から2年が過ぎた。日本テレビは盆休み中の8月13日、「ザ!世界仰天ニュース2時間スペシャル」で「安倍晋三元首相銃撃事件」をドラマにして放送した。
「男はいつから襲撃を準備したのか。…なぜ安倍元総理は標的にされたのか。…警察庁による報告書、明らかになった供述、関係者への取材などをもとに再現する」。このようなナレーションで始まり、主人公となるのは「男」、つまり現行犯逮捕された山上徹也被告。よく似せた俳優が警察での取り調べのシーンを含めて演じている。
「明らかになった供述」とあるが新しいものはない。「母が宗教団体にのめり込み多額の献金で家庭生活がめちゃくちゃになりました」「宗教団体のメンバーを狙おうと思いました。でも難しいと思い、安倍元総理を狙いました」……。
主人公は警察の取り調べにこのように話し、「この宗教団体は後に世界平和統一家庭連合、いわゆる統一教会であることが明らかになる」(ナレーション)としてドラマは展開する。
事件後の過熱報道の中で、既に月刊総合雑誌「文藝春秋」など活字メディアが盛んに被告の半生を読み物にした。これをテレビでドラマにしたことが新しい試みなのだろうが、大きな問題がある。
なぜなら、ドラマの最後に言及したことだが、「山上被告は殺人などの罪で起訴されていて、事件を巡る詳細な事実関係や犯行動機の核心は裁判で明らかになるが、現在裁判がいつ始まるのか見通しは立っていない」からだ。詳細が明らかでないのに、公判前の印象操作になりかねない。
また番組は、元信者が集団で教団を相手取った訴訟で勝訴した裁判から、17歳で入信した女性のケースをドラマ化。教義を学ぶ合宿、霊感商法の様子、韓国人が結婚相手になり国際合同結婚式に参加、その後の「家族の説得」による脱会など、元信者の体験から教団を批判した。
一方、事件の再現ドラマは、被告がルポライターのブログの掲示板に書き込んだ「我、一命を賭して全ての統一教会に関わる者の解放者とならん」「不思議な事に私も喉から手が出るほど銃が欲しい」との言葉を銃撃の決意とみて、勧善懲悪を思わすドラマチックな効果音とともに、クライマックス化しているのである。
ちなみにドラマでは安倍氏の死因を、「左の肩から入った銃弾による左右鎖骨下にある動脈が損傷したことが致命傷になった」と奈良県警の発表で説明。救命治療をした奈良県立医大付属病院での「右前頸部から入った弾が心臓および大血管を損傷し失血死したとみられる」との記者会見内容は無視されていた。
「なぜ安倍元総理は標的にされたのか」について、ドラマは教団の関連団体・天宙平和連合のイベントに寄せた安倍氏のメッセージ動画を主人公がパソコンで見る場面をあてている。そして岸信介元首相が教団を日本に招き入れ孫の安倍氏も教団と関係があると思ったとして犯行に及んだものとして描いていた。
また、文鮮明教祖と岸氏が会っている写真を放映し、自民党と教団との「接点」に触れた。教団と自民党に批判が高まり政府は裁判所に教団の解散命令請求をする。――このドラマからは安倍元首相を殺害した被告に強い怒りはわき上がらない。主人公になると生い立ちや事情、気持ちが表現され、人としての共感を誘う。
これに対して教団の信者は、合宿で教義を教え込まれ、恋人と別れさせられたりなど人間性を失ったように描かれる。人間的に描いたのは被告の方だ。マスコミが生んだ「山上ストーリー」での被告と信者の描き方の差が、ある種の倒錯現象を生んだのではないか。(信教の自由取材班)