広島は6日、79回目の原爆の日を迎えた。広島市中区の平和記念公園では市主催の平和記念式典が開かれた。原爆投下時刻の8時15分、「平和の鐘」の音に合わせて、1分間の黙祷(もくとう)をささげ犠牲者を追悼した後、松井一実広島市長は平和宣言で、国家間の争いの原因となる疑心暗鬼を消し去るため「日常生活の中で実感できる『安心の輪』を国境を越えて広めていくこと」の重要性を呼び掛けた。
式典には、被爆者や遺族、岸田文雄首相のほか、109カ国と欧州連合(EU)、国連の代表などが参列した。市はイスラエルを招いた一方で、パレスチナは日本政府が国家承認していないとして招待しなかった。ロシアと同盟関係にあるベラルーシも招待を見送った。
松井市長はロシアによるウクライナ侵攻の長期化や緊迫する中東情勢を懸念し、米国と共に冷戦を終結に導いたゴルバチョフ元ソ連大統領の言葉を引用した上で、「為政者が断固とした決意で対話をするならば、危機的な状況を打破できる」と訴えた。
岸田首相はあいさつで「現在世界は冷戦最盛期以来、初めて核兵器数の減少傾向が逆転しかねない瀬戸際に立っている」と危機感を示した。その上で、「核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを改めて誓う」と述べた。
式典では遺族代表と松井市長が、この1年間に死亡が確認された5079人の名前を記した原爆死没者名簿を慰霊碑下の奉安箱に納めた。犠牲者は34万4306人となった。
生後半年で父親を亡くしたという広島市在住の79歳女性は取材に対し、「母やおじの苦労の下で育てられ、今は幸せに暮らしている」と原爆で亡くなった父親に伝えたいと語った。
今年は入場規制の範囲を原爆ドーム周辺を含めた全体に拡大。例年集結するデモ隊は公園の外で静粛に行われる式典とは対照的に声を張り上げていた。周辺では多数の市職員や警察官が警戒に当たり、大きな混乱はなかった。