底流にヘレニズムの古典
詩情と物語性が一貫した魅力
「形而上絵画」と呼ばれる謎めいた絵画を残し、20世紀芸術に衝撃を与えたジョルジュ・デ・キリコを回顧する「デ・キリコ展」が東京・上野の東京都美術館で開かれている。
初期の油彩から彫刻、舞台衣装なども展示され、活動の全体像を観(み)ることができる。日本での大規模な回顧展は10年ぶりという。
1978年に90歳で亡くなったキリコは、晩年まで旺盛な創作活動を続けた。
約70年にわたる画業を「イタリア広場」「形而上的室内」などのテーマに分けて紹介するが、キリコは最初から最後までキリコだった、という印象が強く残った。
キリコはいわゆる「形而上絵画」と呼ばれる独特のスタイルを持つ絵画世界を作り上げる一方で、一時期は西欧の伝統的絵画へ回帰するなど、スタイルの変化はあるものの、どの時期の作品にも、根底に詩情あるいは広義の物語性を宿していて、それがキリコ絵画の変わらない魅力となっている。
展示の冒頭は、長い画家生活の中で描いた自画像と肖像画だが、自画像にしても、闘牛士の衣装をしたりなど、かなり変わっている。
そこに一種の主張と物語が秘められているのだ。後に妻となる女性を描いた「秋」も、背景にあかね雲を描いて肖像画を超えた魅力をたたえている。
古典的な建築物があり、その影が街路にくっきりと落ち、広場にはポツンと彫像が立っている――。そんな夢の中で見るような、謎めいた不思議な世界をキリコは作り上げた。フィレンツェのサンタ・クローチ広場の真ん中にあるベンチに座っていたときにその構図が浮かび上がって来たという。
こういった一連の絵画は、描法としては結構素朴だが、不思議なリアリティーを持っている。謎と一種の郷愁に引かれて、自分が絵の中を散歩しているのに気付くのである。
第1次大戦勃発の頃から、キリコの絵の中に登場する卵型ののっぺらぼうのようなマヌカン(マネキン)も謎に満ちている。このマネキンは何を意味するのか、謎が絵の中にさらに引き込むのである。
キリコは1888年、イタリア人両親のもとギリシャのヴォロスに生まれた。青年時代までをギリシャで過ごし、そこで教育を受ける。ギリシャ的な教養や文化はキリコ絵画の基礎を作り上げたように見える。
ギリシャ神話のテーマやギリシャ彫刻の彫像がモチーフや重要な小道具として使われる。
それらは、キリコの絵画世界、その底辺に流れる詩的なロマンチックなものの源となっているようだ。
強い影響を受けたというニーチェの影響もあると思われるが、ヘレニズム的要素に対して、キリスト教的な要素は薄い。
キリコ絵画世界は、西欧古典芸術からの絶えざるインスピレーションの中で作り上げられていったもののように思われる。8月29日まで。
(特別編集委員・藤橋進)