JR東海が進めるリニア中央新幹線の工事に反対姿勢を貫いてきた川勝平太前静岡県知事が辞職し、後任を決める静岡県知事選挙(26日投開票)が9日に告示された。リニア問題は重要テーマとして注目を集めているが、県民の関心は低い。主要候補の政策も大差はなく、工事の影響を議論する県の専門部会も態度を軟化させている。後任が誰になるかにかかわらず工事は前進する見込みだ。(豊田 剛、亀井玲那)
「誰が知事になってもリニア新幹線の工事は進む」。着工のめどが立たない静岡工区のある静岡市のベテラン市議は、知事選後の展望について淡々と語った。現在行われている知事選には6人が立候補し、うち政党から公認などを受けた候補は3人。共産党公認の森大介氏(55)はリニア計画に反対の立場だが、立憲民主党と国民民主党が推薦する前浜松市長の鈴木康友氏(66)は「環境との両立」、自民党が推薦する元副知事の大村慎一氏(60)は「大井川流域市町と対話」を条件にリニア計画を推進すると明言している。
いずれの候補も第一声ではリニア問題についてそれぞれの立場をアピールしたが、選挙戦が進むにつれ演説内容は県経済の活性化や人口問題、均衡ある県の発展などが中心になり、鈴木、大村両氏はリニア関係の話題にほとんど触れないことすらある。前出の市議は「今や交渉の主導権は静岡市長にあり、県民はリニアに関心はない。昨年4月にJR東海の社長が代わった時点で膠着(こうちゃく)状態からは脱している」と指摘する。静岡市の難波喬司市長は川勝氏の下で副知事を務め、リニア問題の実務を担っていた人物だが、川勝氏とは立場を異にしている。
南アルプスを通るリニア新幹線は、約25㌔のトンネルを通過する。その約3分の1が静岡工区で、県中部を縦断する大井川の上流に位置する。川勝氏は2017年、工事によって湧き出た水が県外に流出し、大井川の水量が減ることへの懸念を理由に着工に反対する姿勢を打ち出した。さらに工事で発生する土の置き場、南アルプスの生態系への影響を懸念点として挙げ、最後まで着工を認めなかった。
これら3点のうち「水問題」については、JR東海が工事で流出するのと同量の水を田代ダム(静岡市)から補う「取水抑制案」を示し、昨年11月に県が了承するなど前進が見られる。発生土置き場も、候補地のある静岡市の難波市長は盛り土による土砂災害などの危険性は低いとの見方を示し、地権者も受け入れる意向だ。
川勝氏が在任中に設置したリニア工事の影響を議論する県の専門部会は、14日に同氏の退任後初めて会合を開き、これまで県が中止を求めていた山梨県との県境でのボーリング調査を一転して認めた。県は最終的な決定については「次の知事が判断する」(森貴志副知事)としたが、次期知事として有力な鈴木、大村両氏が推進の立場であることから、見切り発車した印象だ。
川勝氏は任期中、「リニアは静岡県にメリットがない」という主張を繰り返しており、県内にも広く浸透している。県民の間では「川勝知事は最大の県益を引き出すために頑張ってくれた」(50代男性)という評価が大勢を占める一方で、知事選の争点はリニアの是非よりもむしろ、リニア開業を前提とした東海道新幹線の利便性向上に移っている。
ただ、静岡県にリニア延期の全責任があるとは言い切れない。着工すら見通せない静岡工区の影響が甚大なのは事実だが、JR東海はすでに着工している山梨、長野両県でも遅れがあることを認めており、両工区の工事完了は31年にずれ込む見込みだ。さらに、岐阜県瑞浪市の工事現場周辺で井戸やため池の水位低下が見られ、JR東海は16日、工事を一時中断して調査を行う考えを示した。今後はJR東海に一層の努力が求められるようになるだろう。