炉や遺物の変遷を知る 埋文あきた発掘展/秋田県埋文センター

埋蔵文化財の発掘・調査に携わる秋田県埋蔵文化財センター(大仙市払田(ほった))で「埋文あきた発掘展」が開かれている。

令和5年度の報告書から6遺跡を取り上げたが、このうち約5千年前から4千年前の縄文時代中期の赤塚(あかつか)遺跡と茱萸(ぐみ)ノ木遺跡を紹介しよう。

赤塚遺跡は湯沢市の高速道路の現在の終点・雄勝(おがち)こまちICの南にあり、国道の建設に先立ち発掘した。特徴は、狭い土地からだけでも約70棟の竪穴(たてあな)建物跡が見つかり、その多くに土器や石器を組み合わせた「複式(ふくしき)炉」があること。この複式炉は県内では縄文時代中期の後半にだけ見られている。

一方、茱萸ノ木遺跡は能代市のJR二ツ井駅の北東約4㌔にある。砂防工事に伴う3年にわたる発掘調査で、縄文時代中期の、盛土(もりど)の小山(高さ1・5㍍)を持つ大規模な集落跡と分かった。小山は、長い年月をかけ土器や石器を含む土を捨ててできたもので、時代の変遷が分かる。竪穴建物跡30棟、配石遺構46基、土器埋設遺構45基が見つかった。

土器や石器は中コンテナ(約18㍑)で約千箱にもなり、数多くの土や石の製品のほか土偶やミニチュア土器、石棒(せきぼう)など祭祀(さいし)的な遺物が多い。土器や石の矢尻から南方系と北方系の影響の移り変わりを見ることができ興味深い。

会場ではこれらの説明文と写真、土器や石器、埋没していた木製品の実物を分かりやすく展示している。

(伊藤志郎)

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