奈良国立博物館で「空海」特別展

K★KAI ―密教のルーツとマンダラ世界―

空海が開いた密教による救い

弘法大師座像(萬日大師)室町~安土桃山時代(16~17世紀)=和歌山・金剛峯寺蔵
曼荼羅を背景に座す大日如来=奈良国立博物館の第1章の部屋

インドから日本への悠久の歴史

空海の生誕1250年を記念して、奈良国立博物館で4月13日から6月9日まで特別展「空海 K★KAI ―密教のルーツとマンダラ世界―」が催されている(前期と後期に分かれ、前期は5月12日まで、後期は5月14日から6月9日まで)。

肉体が朽ちた後も生き続け、今も衆生の救いに奔走(ほんそう)しているという空海・弘法大師がもたらした「救い」とは何か。インド仏教から日本仏教への悠久の歴史から考えてみた。

重要文化財弘法大師行状絵詞巻第三[部分]南北朝時代(14世紀)=京都・教王護国寺(東寺)

空海が自身の思いを率直に語っているのは、「虚空尽き、衆生(しゅじょう)尽き、涅槃(ねはん)尽きなば、わが願いも尽きなん」という『性霊集(しょうりょうしゅう』巻第八の言葉。「この世の全ての物が消滅し、仏法の世界が尽きるまで、私は人々が救われることを願い続ける」との意味で、護国仏教として始まった日本仏教が貴族仏教を経て庶民の救いにまで広がったことを示している。では空海の言う「救い」とは何を意味するのか。

釈迦(しゃか)が開いた仏教は紀元前約500年のインドで、バラモン教などインド古来の民族宗教を含むヒンドゥー教の中から生まれた。瞑想(めいそう)により個人の悟りを目指す釈迦仏教から紀元前後、人々の救いを求める大乗仏教が発生し、その最後の段階で誕生したのが密教である。密教はヒンドゥー教の神々も包含したとされるが、宗教学者の島田裕巳氏は「仏教がヒンドゥー教に吸収された」と言う。事実、その後、イスラム教の進出もあって仏教はインドでほぼ消滅し、陸路と海路で伝わった周辺国で存続、発展し、世界宗教となった。

ヒンドゥー教では釈迦は最高神の一つヴィシュヌの化身とされ、仏教も同教の一派とみなされている。私はヒンドゥー教の聖地アラーハーバードで開かれた世界大会を取材した折、同教の聖者に「日本から来た仏教徒だ」と伝えると、「おまえもヒンドゥー教徒だ」と喜ばれた。そのヒンドゥー教が求めた悟りの境地とは、ウパニシャッド哲学のいう「梵我一如(ぼんがいちにょ)」、宇宙と自分が一体化した世界である。

釈迦が瞑想で到達した悟りもその世界で、密教では宇宙の本体とも言える大日如来を想定することで、それを容易にした。インド、中国にはない即身成仏、生身のままで人は仏になれるという思想は、日本独自のもので、その背景には1万年も続いた縄文時代の自然と人との共生思想があると言えよう。

空海が唐の師・恵果(けいか)から学んだ密教は胎蔵界(たいぞうかい)と金剛界の二つの思想からなり、それらを視覚的に感知させる両界曼荼羅(まんだら)を、空海は唐で制作し持ち帰った。本展では、二つの曼荼羅が掲げられた部屋に、東寺の立体曼荼羅のように大日如来を中心に仏像が並び、空海の悟りの世界を表現している。仏の悟りを体得する実践法を説いた金剛界の教えは南インドから東南アジアを経て中国に伝わる。それを示すインドネシアの小さな仏像群が展示されていた。ボロブドゥール寺院遺跡群で知られるよう同国にも仏教が栄えた時代がある。

仏教による庶民の救いは、易行(いぎょう)と呼ばれる鎌倉仏教になってより分かりやすくなった。禅宗の一つ、曹洞宗を開いた道元は「仏性があるのになぜ修行しないといけないのか」の疑問を抱いて宋に渡り、「仏性があるから修行できる」と悟った。人々の救いを本願とする阿弥陀如来を称(たた)える念仏を唱えれば誰でも救われると説いた法然や親鸞の教えの核心は、死後、浄土に行って救われ、救われた立場で現世の人たちを救うという二種回向にある。私心を離れ阿弥陀如来の心になれば、迷わず救いの業に専念できるからだ。空海の即身成仏の世界を、宗祖たちの言葉で表現したと言えよう。

四国遍路の『同行二人(どうぎょうににん)』はキリスト者・遠藤周作の『同伴者イエス』に似ている。神仏は遠い存在ではなく、人生を共に歩いてくれるもの。その世界は特別な修行をしなくても探究できる。山本七平が日本的資本主義の倫理だとした、「三方よし」の近江商人の思想もその一つ。小さな自我の世界を離れ、神仏と共に人々のために生きられるのが、私たちにとっての「救い」だと思う。

(多田則明)

★=∪の上に―

spot_img
Google Translate »