変わらない人間・愛の本質
世界最古の大河小説を現代に甦らせる
『源氏物語』の作者、紫式部を主人公にしたNHK大河ドラマ「光る君へ」が始まり、世界最古の長編小説を本格的に読んでみようという人もいるだろう。いきなり古典の『源氏物語』は難しいから、谷崎潤一郎をはじめとした現代語訳を読もうという人も少なくないと思われるが、それも全10巻近くで容易ではない。そこで勧めたいのが阿刀田高氏の『源氏物語を知っていますか』(新潮文庫)だ。
短編小説の名手として知られる阿刀田氏は古典を紹介する本を多数出しているが、それらは単なるダイジェストではない。それは小説家の観点から、現代人にも分かりやすく、阿刀田流に盛り付けた料理のようなものといえる。
『源氏物語』54帖は、光源氏と数々の女性との恋を柱に展開する大河小説。登場人物の数も半端ではなく、その関係も複雑だ。阿刀田氏はそのあたりも、何度も整理確認しながら、簡潔丁寧に、物語の筋をたどっていくので助かる。「末摘花(すえつむはな)」など大河の横にもうけたため池のような帖があることなど、小説作者ならではの解説である。
物語の時代と舞台は、天皇をはじめ一夫多妻で、いわゆる夫が妻や子の家に通う、通い婚が基本であるなど、現代の家族や社会とは大いに異なる王朝貴族の特殊な世界だ。そういう中で源氏の寵愛(ちょうあい)を受ける女性のプライドがぶつかり、嫉妬も渦巻く。阿刀田氏はこのあたりの機微を現代風に分かりやすく表現している。そこから、「人間とりわけ男女や家族の愛情関係というのは、王朝時代も現代も基本的には変わらない」としみじみ感じるのである。
巻末の国文学者、島内景二氏の「男と女、古典と現代、それぞれのビヘイビア」と題する解説も、行き届いた中身の濃いもので、簡潔にして優れた源氏物語論になっている。島内氏は、阿刀田氏が『源氏物語』の登場人物たちのビヘイビア(振る舞い・品行・行動様式)に注目したことを高く評価する。「その種々相を精緻に描き分けた紫式部の小説技巧を楽しみつつ、波紋の行方を見届けること」が『源氏物語』の大きな魅力であるという。
『源氏』はもともと宮中のサロン文学として書かれた。阿刀田氏も本書を読んで『源氏物語』を読んだ気になることは望んでいない。
むしろ、そこに書かれた王朝物語にもっと深く親しみ、日本文化の深層に触れてみたいという思いを深くさせてくれるのである。
(特別編集委員・藤橋進)