渡辺保著『吉右衛門 「現代」を生きた歌舞伎役者』

類まれな芸の本質に迫る

一周忌追善興行で東京・歌舞伎座に飾られた吉右衛門の遺影(藤橋進撮影)

古典に現代的意味を付与

「俊寛」など名舞台を再現

「吉右衛門の訃報を聞いた時、私は足元の大地が崩れ落ちていくような、喪失感を味わった」

令和3年に亡くなった歌舞伎役者・2代目中村吉右衛門の芸とその業績をつづった『吉右衛門「現代」を生きた歌舞伎役者』(慶應義塾大学出版会)で演劇評論家・渡辺保氏はこう書き出している。それが決して大げさな物言いでないことは、読み進んでいくうちに理解できる。

亡くなった吉右衛門については、セリフ回しのうまさやスケールの大きさがよく語られるが、渡辺氏はまず、その役柄から論じる。歌舞伎の立役(たちやく)は荒事(あらごと)、和事(わごと)、実事(じつごと)の三つに分けられるが、吉右衛門は実事師であったと指摘。その芸域は意外と狭く、しかしその狭さゆえに、二つのことが起こったという。

一つは「役を深く掘り下げるために、その役の本質、とりわけてその役の人間性に到達した」こと。そして「先祖伝来の型を身体化すると同時に、そこに現代的な意味を付与することに成功」した。もちろん、そのような試みは他の役者も取り組んできたが、その中でも吉右衛門は誰より本質的であり、「歌舞伎の歴史的な転換の大舞台の主役になった」という。

本書では、『仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助はじめ、吉右衛門が当たり役を演じた舞台を具体的に振り返りながら、いかに吉右衛門が古典劇を現代に通じる人間の劇としていったかが語られる。

例えば近松門左衛門作『平家女護島(へいけにょごのしま)』「俊寛」。平判官康頼(へいはんがんやすより)、丹波少将成経(たんばのしょうしょうなりつね)らと鬼界ケ島に流された俊寛が、都から赦免の使いが来ても結局1人取り残されるという物語だが、『平家物語』や能の「俊寛」と違い、近松は成経の現地妻となり、俊寛も親子の契りを結んだ海女の千鳥を乗船させるために自ら島に残るという筋立てとした。

渡辺氏はそれを俊寛に決意させた動機に「家父長の責任」であったと言う。それは現代にもつながるテーマであり、「吉右衛門はその近松のドラマの本質にせまったという点で、ほとんどただ一人の役者」と言うのだ。

かつて観た吉右衛門の舞台を、渡辺氏は鮮やかに再現しながら論じていく。尾上菊五郎が富樫、吉右衛門が弁慶を演じた『勧進帳』では、見どころの一つ「山伏問答」の場面を「芝居のリアルさ、情熱の溢れる力が形を超えるようなところが、この山伏問答にはあった」と振り返る。

吉右衛門の当たり役であり、義太夫狂言の最大演目といっていい『仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助については、他の優れた役者がいる中でも、吉右衛門に限るという。7段目「祇園一力」の演技を実に細かく分析し、その唯一無二の芸の妙味を振り返っている。

渡辺氏が「大地が崩れ落ちていくような」とまで言った喪失感は、大星由良之助を吉右衛門のようなスケールと深さ、味わいで演じる役者がいなくなったという事で考えれば、その一端を理解できるように思われる。

(特別編集委員・藤橋進)

spot_img