スサノオ 高天原の悪神から地上で善神に転身

建国の政治的な妥協の産物か

ヤマトタケル 西征と東征では対照的な姿

大阪府堺市の大鳥大社境内に建つヤマトタケルの神像=角川吉夫撮影

古事記などを読んでいると、神話時代の英雄ともいうべき人物が矛盾性を持っていることに気付かされる。

その一つが、アマテラス大神の弟神とされるスサノオである。スサノオは、高天原(たかまがはら)では乱暴な行動によって、そこから追放されてしまう。

スサノオは田畑を荒らし、なおかつ馬の皮をはいで家の天井から投げ落とし、機織り女のひとりを死なせてしまう。

これに驚いたアマテラス大神は天岩戸(あまのいわと)に閉じこもり、スサノオは神々によって地上へ追放される。

ここまでみると、スサノオは救いようのない悪神だが、出雲地方に下ったとき、そこで、ヤマタノオロチに苦しめられている話を聞き、退治することで民の嘆きを救う。悪神から善神へと変わってしまうのだ。

同じようなことは、日本の最初の英雄のヤマトタケルの事績にも存在している。

ヤマトタケルは、幼名をヲウスと呼ばれていたが、乱暴な性格で、父の天皇(景行天皇)から双子の兄が顔を見せないので様子を見て来るように言われて、兄を殺してしまうのである。

父の天皇はこの乱暴な性格を恐れて、ヤマトタケルに西の賊・クマソタケルの討伐を命じた。ヤマトタケルは相手を油断させるために女装し、そしてだまし討ちにする。

この狡猾(こうかつ)さと残忍さを持つヤマトタケルを英雄というのは、現代のわれわれからすると異様な感じがする。

ヤマトタケルは、父の天皇に再び今度は東国の賊を退治するように命じられ、東国へ赴く。ここでは征西の時に示したような狡猾さや残忍さは影をひそめ、むしろ東国では騙(だま)されて火責めに遭ったり、妻のオトタチバナヒメを海の神の人身御供として失ってしまう。

なぜヤマトタケルが東征では、愛妻を失って悲しむ英雄となっているのか。

これに対して、歴史学者などは、ヤマトタケルは1人の人物ではなく、多くの似たような事績の人物を合わせているという指摘をしている。

とはいえ、もしそうならば、なぜ人格破綻のような矛盾性を統一しなかったのか、という疑問がある。

そのあたりに、建国神話の背景に、大和朝廷成立を中心に多くの豪族の神話が一つの神話へ統合されていった背景をみることができる。矛盾は、政治的な確執の妥協の産物といっていいかもしれない。

(羽田幸男)

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