#6 「死んでしまいたい」家族からの拉致監禁、脱会屋の罵倒【後藤さんの闘い・東京荻窪③】

本記事は2010年2月より本紙に掲載された連載「"拉致監禁"連鎖」の1回~50回を計15回に再編集したものである。今年7月に開催されたシンポジウムでジャーナリスト鈴木エイト氏は後藤徹氏が被った拉致監禁事件を「引きこもり」と曲解し「どうでもいい」と言下に切り捨てたが、「拉致監禁」は憲法に違反し、人権を完全に侵害する事件である。後藤氏は10月4日、東京地裁に名誉毀損の損害賠償を求めて鈴木氏を提訴した。拉致監禁とは何か、後藤氏らはその真相を今もなお追い続け、闘いを続けている。

延々と中傷、罵倒を浴びせる 責めたてる脱会屋ら

荻窪フラワーマンションに移ってすぐ、年が変わって1998年になった。

1月初旬から9月まで、毎日のように脱会屋の宮村峻・会社社長が元信者らを引き連れて804号室にやってきた。そして、決まって夕方6時から夜8時ごろまで腰を据えていた。

タップという広告代理店の宮村社長は、その従業員に雇っていた元信者らと一緒のときが多かった。後藤さんは、95年9月11日に自宅から新潟に拉致されたが、この時、自宅の庭で逃げ道を塞ぐように潜んでいた拉致加担者も、その中にいた。

宮村社長と元信者5、6人は、やって来ると、いつも後藤さんのいる部屋につかつかと入ってきた。

宮村「後藤君、久しぶりだね」

後藤「いきなり来ますね」

宮村「いきなり来ないと、君、逃げるだろ」

後藤さんは、87年にホテルに監禁された時、そのホテルに連日やって来て、説得されて以来の対面だった。

こんな会話が交わされてから、50がらみの女性が後藤さんの前にどっかと座ると、いきなりあぐらをかき、たばこを取り出しすぱすぱと吸い始めた。後藤さんは、いかにもがらが悪くやりきれないな、と思ったが、黙っていた。

すると「あんた、あの時逃げたでしょ」と、すごみを利かせた声が耳に入ってきた。

「あの時」とは、87年の監禁時で、この女性もまた統一教会の元信者で、その当時から後藤さんの存在を見知っていた。周りの者たちも、そうだ、そうだと同調して、同じような言葉で責めてきた。

小さな机と洋服だんすしかない、いかにも殺風景な6畳の部屋。夕闇が真の闇となる窓外の風景の刻々とした変化をよそに、取り囲んだ人間が、非難、中傷、罵倒を延々と浴びせかけてくるのである。

そうかと思うと、ある者は、ぽろぽろと涙を流して「後藤兄(昔の教会仲間としての呼び方)、あなた、とんでもないことをしてきたんだよ」と哀れっぽい声で、情に訴えかけてきた。その雰囲気に呑まれて、つい「そんなこと言われても……」と、戸惑い気味に弱気な言葉を口にすると、今度は突然、一転して「何言ってるのよ」と、ものすごい形相で、卓上の湯飲みの緑茶を後藤さんの顔に浴びせかけた。着ていたTシャツがびしょぬれになった。

しかし、後藤さんも負けてはいない。宮村社長らに対して、「ここから出せ!」と要求したあと、続けて「あんたら、統一教会は人権侵害をしていると言うが、統一教会は人を監禁したりしないぞ! あんたらの方が人権侵害をしているじゃないか!」「信教の自由を何だと思っているんだ!」と、激しい剣幕で言い返したのである。

宮村氏の甘いセールストーク 「必ず落としてみせる」

「ここから出せ!」と、後藤さんは激しく抗議したが、宮村峻社長は、どぎつい言葉でその口調をエスカレートさせていった。

「偉そうなことを言うな。お前に人権を主張する資格などない」「おれは、おまえを監禁なんかしてない。家族が保護しているんだ。出してもらいたければ家族に言え」「おまえは全然、人の話を聞いていない」「頭を使え。自分の頭でよく考えろ」「自分の頭で考えられるようになるまでは、ここから出られないぞ」

「もし自分の子供が統一教会を辞めなければ、家に座敷牢をつくって死ぬまで閉じ込めておく。まあ飯だけは食わしてやるかな」などといった調子で、これに「バカ」「アホ」といった言葉を頻繁に差し挟んで面罵し続けた。棄教を迫る常套句でもあるようだが、理性的でない言葉の暴力そのものといっていい。宮村氏に同行してきた元信者らも、悪乗りして「バカ」「アホ」と侮蔑の言葉を続けた。

また「統一教会と文鮮明が本物なら、おれはこの場で腹を切る。もしそれが偽物なら、おまえはここで腹を切ることができるか」と恫喝して迫る。そうかと思うと「オレはそのへんの“へっぽこ牧師”とは違うんだよ」と言い寄って後藤さんの顔色をうかがったりする。

後藤さんを前に取り囲んで、宮村氏と5、6人の元信者が詰問するこんなやりとりが午後6時から8時まで、連日のように続いたのである。

後藤さんのような体験をし、その不当な拉致監禁を『監禁二五〇日証言「脱会屋」の全て』(光言社、1994年刊)に著して告発した鳥海豊氏は、宮村氏の拉致監禁への関与について「荻窪栄光教会の森山諭牧師が拉致・監禁して強制改宗していたときから横についてやってきたと本人が言ってましたから、八三年(昭和五十八年)から監禁やっているわけです。今まで全国で百人以上の牧師が監禁やってますけど、その中でも結構実績はあると言っていました」と『「霊感商法」の真相』(世界日報社、1996年刊)の中で語っている。

さらに、同書で鳥海氏は「食口(統一教会信者のこと)に原理(注・統一教会の教理)が間違いだと思うようにさせるには、例えば文鮮明先生のスキャンダルがいいわけですよ。それで彼は、『おれがちゃんと調べてきたんだから絶対に間違いないんだよ』と断言してくる。その断言の仕方やウソの付き方が天才的にうまい。『おれは絶対にウソを付かない』と言いながら、ウソをつくんですよ」とも語り、宮村氏のいい加減さを見破っているのである。

また、先の『監禁二五〇日証言――』の中で、鳥海氏は〈「『必ず彼は落ちます。落としてみせますよ』と言ったら他の家族は信じたのに、なかなか弟君は信じなかったなあ。まあ、確かに大変だったよ」と、あとで宮村自身が私に語ったことがある〉と書いている。

「絶対に、脱会させます。必ず落としてあげるから」が宮村氏の常套句で、実はこれが甘ーいセールス・トークなのである。

棄教強要の場に家族も 夜6~9時まで連日

棄教強要の場に、後藤さんの家族も加わってきた。宮村峻氏や家族らは「おまえは全然人の話を聞いていない」「自分の頭でよく考えろ」と何百回となく言い続けてきた。

だが、後藤さんが、彼らの話をよく聞いた上で、自分なりに考え「聞いている」「自分で考えている」と反論しても、「いや、聞いていない」「考えていない」と聞く耳を持たず、同じことを繰り返されるばかり。

ある時、兄が苛立(いらだ)って急に立ち上がり「本当ならぶん殴って半殺しにしてやるところだ!」と絶叫したことがあった。

宮村氏や家族が言う「聞いていない」の意味は、結局「おまえは、おれたちが言う統一教会批判を全然聞き入れようとしない」ということであり、また「自分の頭で考えろ」というのは「統一教会信仰の誤りを認めろ」ということで、押し付けであった。

後藤さんの耳に<ぎりぎり、ぎりぎり>という音が聞こえてきたことがある。何か、と思って見ると、兄が歯ぎしりをしていた。「私が<悪うございました>とも言わず、しれっとしているから、腹を立て、歯ぎしりをしているのだと思ったら、ぞっとした」と言う後藤さん。

普段は温厚な妹まで、その場の雰囲気に勢いづいて「こんな調子だったら一生、このままだから、覚悟しておいて」と息巻く始末。信仰の誤りを認めて棄教するまでは、絶対に監禁から解放しない、というのだ。

2時間ほど腰を据えて応対し、夜の8時に宮村氏の一団が引き揚げると、その直後から今度は家族だけによる“糾弾”が9~10時ごろまで続く。ある時、兄は「おまえ、ここまで言ってもまだ分からんのか、目を覚まさせてやる」と言って、後藤さんの顔を平手打ちで叩いた。

こうして夕食後、6時になると判を押したように、“宮村軍団”がやってきて、2時間ほど、わめき散らすような脱会の説得。その後、家族とのやりとりが2時間ぐらい。それが連日だから、さすがに耐えられなくなってくる。

後藤さんは「人間性を無視した棄教強要によって極度に苦しい日々が続きました。その時に受けた精神的な苦痛で、『もういっそのこと死んでしまいたい』と思うほどでした」と打ち明ける。

後藤さんは、新潟で松永堡智(やすもと)牧師に何度も脱会を説得されながら、屈しなかった。そして監禁場所を東京に移し、今度は脱会屋の宮村氏が乗り込んできた。宮村氏と荻窪栄光教会・故森山諭牧師との関係については既に述べたが、脱会説得を手掛ける他の牧師らからも、宮村氏は一目も二目も置かれる存在だったようだ。

約2カ月間監禁され、牧師らに棄教を強いられた大阪出身のKさんによると、その当の牧師らが「君たちを救う(監禁改宗の事)ために東京の宮村というタワー長がいるんだ」と脅し文句のように言って、宮村氏の存在を強調していたという(光言社刊『強制改宗』から)。

先回記したように、強制説得に当たる牧師に対して、宮村氏は後藤さんを説得中、「へっぽこ牧師」と言った。ものの弾みで言ったのではなく、心底そう思いながら、脱会屋としての説得の仕方を固めてきたのだろう。


連載一覧はこちら ―拉致監禁・強制改宗―続く後藤さんの闘い

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