宗教史劇の中に親子の別れ
初代国立劇場さよなら公演

東京都千代田区の国立劇場が建て替えのため10月末に閉場になるのに伴い、昨年9月から「初代国立劇場さよなら公演」が始まっている。小劇場での人形浄瑠璃・文楽公演では、5月そして9月と、通し狂言「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」が上演されている。
三大浄瑠璃の一つとされる作品の全段通しでの上演は、初代国立劇場のフィナーレにふさわしい。
藤原時平(ふじわらのときひら)の讒言(ざんげん)によって大宰府に流されそこで非業の死を遂げ、死後怨霊となって、時平ら貴族に祟(たた)り、恐れられて天神様として祀(まつ)られるようになった菅原道真(すがわらのみちざね)。その宗教史劇を縦糸に親子の別れを横糸に編まれた全五段の作品だ。
歌舞伎でもよく上演されるのは、三段目の「車曳」や、四段目の「寺子屋」だが、五段目まで上演されるのは昭和47年以来という。
竹田出雲(いずも)、三好松洛(みよししょうらく)、並木(なみき)千柳(せんりゅう)の合作で延享3(1746)年に初演されたこの狂言は、制作に当たり3人の作者が二、三、四段目にそれぞれ「親子の別れ」の内容を競作したと伝えられる。二段目の菅丞相(かんしょうじょう)(道真)と苅屋(かりや)姫との別れ、三段目、桜丸の切腹の段、四段目の松王丸が菅丞相の子、菅秀才の身代わりに自分の子供の首を差し出す寺子屋の段がそれにあたると思われるが、江戸時代の観客の涙を絞ったのは、これら親子の別れであった。昔のような忠義観念のない現代でもそれは変わらない。
8月・9月公演のカタログに掲載された久堀裕朗大阪公立大学大学院教授のコラム「『菅原伝授手習鑑』の妙なる調和(下)」によると、全五段からなる人形浄瑠璃の上演で、五段目が上演されることは既に江戸時代後期から珍しくなっていた。
五段目で語られる御代(みよ)の安泰をことほぐ「祝言」が、さまざまな社会矛盾が露呈する時代の気分に合わなくなったからという。
そういう中で、「菅原」の五段目が残ったのは、やはり、雷神となった道真や非業の切腹を遂げた桜丸の怨霊によって時平が成敗される場面は、めでたしめでたしの「祝言」で終わらないものがあるからという。
久堀氏はまた、同作の成立の基盤に天神信仰があることを指摘。「道真が『天満大自在天神』として『北野』に祀られると語られる五段目の末尾は、やはり本作の締め括りとして極めて重要である」と述べる。
天神信仰の物語に親子の情を絡ませて、江戸庶民を惹(ひ)きつけた3作者の手並みの見事さは、通し狂言でこそ味わえる。
(特別編集委員・藤橋進)






