『善の研究』の成立過程辿る 石川県西田幾多郎記念哲学館で企画展

四高時代の講義草稿など

「深い悲哀」から出発した独自の哲学

企画展「『善の研究』ができるまで」の展示風景(石川県西田幾多郎記念哲学館提供)

石川県かほく市にある、石川県西田幾多郎記念哲学館は、日本を代表する哲学者、西田幾多郎の思想と業績を紹介するとともに、哲学的思索へと誘う、哲学をテーマにした博物館だ。現代日本を代表する建築家、安藤忠雄氏の設計による建物は、建築と哲学のコラボとして注目されている。

その哲学館で現在、企画展「『善の研究』ができるまで」が開かれている(9月24日まで)。西田が京都帝国大学の助教授に就任した翌年、明治44(1911)年に出版された『善の研究』は、日本最初の哲学書とされ、世界各国で読み継がれてきている。もともとは西田が金沢の旧制第四高等学校で教鞭(きょうべん)を執っていた時期に執筆した論文や講義の内容をまとめたものだ。

その原稿は未(いま)だ見つかっていないが、西田の講義を受講した学生が、試験のために印刷した講義草稿『実在論』と『倫理学』を合本して印刷したと推定される『西田氏実在論及倫理学』が昨年4月、同哲学館の調査によって金沢大学付属図書館の蔵書の中に所在が確認された。この冊子は『善の研究』の「第二編実在」「第三編善」の基となる資料。

哲学館内の瞑想の空間「ホワイエ」

「幾多郎が熟考を重ねて準備をした講義は、学生たちにとっては難解なものでした。そのため、試験のことを心配した学生たちの要望により、幾多郎から講義草稿を借りた学生が印刷をし、受講生たちの間で配布されていました」(企画展図録)という。

企画展では『西田氏実在論及倫理学』のほか、西田の講義ノートや書簡、「第一編純粋経験」の基となる論文「純粋経験と思惟及意思」が掲載された「北辰会雑誌」「哲学雑誌」などを展示し、『善の研究』の成立過程をたどるものとなっている。

一方、通常展示の「哲学へのいざない」では、哲学とは何か、西田哲学の出発点が分かりやすく紹介されている。大学の哲学概論の授業では、ギリシャ語の「フィロソフィア」から、哲学とは「知への愛」であると説かれる。哲学館の展示にもソクラテスの「実に驚きのこころこそ知を愛し求める(哲学者の)こころなのだ」(プラトン『テアイテトス』)の言葉が掲げられている。

しかし、その隣には西田の次の言葉が掲げられている。「哲学は我々の自己の自己矛盾の事実より始まるのである。哲学の動機は『驚き』ではなくして深い悲哀でなければならない」(『無の自覚的限定』)

西田の生涯は、相次ぐ肉親との死別など悲哀の色が濃い。「実在論」も、次女の幽子を看病しながら書き上げたものであったという。

西洋哲学の伝統を踏まえつつ東洋的な思惟(しい)によって独自の哲学を築こうとした西田の哲学は、深遠で難解だ。論文を読むだけでなく、その生涯や、書、随筆、歌などを通し、その理解に近づけるのではないか。哲学館にはそれを助ける資料が豊富にそろっている。

(特別編集委員・藤橋進)

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