
安全保障専門家の間で「10月危機説」が指摘されている。ウクライナを支援する米国など北大西洋条約機構(NATO)側の武器弾薬が不足するためだ。「中国が米国は出て来れないと見極めた場合、尖閣諸島や台湾で有事となる可能性は上がる」。元陸将補で日本安全保障フォーラム会長の矢野義昭氏は懸念する。
中国は日本への脅しも怠っていない。昨年8月、米下院議長の台湾訪問に際して台湾周辺の海空で軍事演習を行ったが、弾道ミサイル5発を沖縄県・与那国島付近の排他的経済水域(EEZ)に撃ち込んだ。「台湾有事は日本有事」を証明したような威嚇である。尖閣諸島に対しては領有を主張して公船を恒常的に領海侵犯させている。
また、わが国はロシアから既に恫喝(どうかつ)を受けている。露下院のセルゲイ・ミロノフ副議長がウクライナ侵攻後、対露制裁に加わった日本に対し「ロシアは北海道に権利を持っている」と発言した。議会も事実上プーチン政権が操っており、世界一の領土に200近い民族がいるロシアにとって「同胞保護」の口実作りは難しいことではない。
さらに、中露は海空軍の共同軍事行動を日本周辺で重ねており、空軍の「合同パトロール」では戦略爆撃機が参加し核攻撃能力を見せつけている。わが国は「示威活動を明確に意図し、重大な懸念だ」(防衛白書)と非難してきた。
ロシアがウクライナで戦争を延々と継続する消耗戦をNATOに仕掛ける一方、極東で中国などが核恫喝を行いながら何らかの有事が発生した場合、米国の拡大抑止で日本は全ての国土を守り通せるのか。
「今回、ロシアの核で米国のウクライナへの戦闘参加が抑止された。これが世界で初めて明らかになった」(元自衛隊幹部)ことは、中露に加え北朝鮮の核脅威が増す中で不安材料であることは疑いない。
拡大抑止は「日米同盟の中核」(外務省、防衛省HP)を成す。バイデン政権が昨年10月に公表した「核態勢の見直し(NPR)」は核抑止力を「国家の最優先事項」とし、米国や同盟国の「死活的利益を守る極限の状況に置かれた場合」の核使用を認めている。だが、同盟国の死活的、極限状況の判断は米国次第だ。
6月に米国で開かれた日米拡大抑止協議(EDD)では、日本側代表団は戦略爆撃機B2、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)搭載可能なオハイオ級原潜「メリーランド」、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「ミニットマン2」発射管制センターを視察。3本柱の核弾頭運搬手段を米側はアピールした。
だが、冷戦時代の1967年に3万1255個だった米国の核弾頭は、オバマ政権時代の2010年に5113個、21年にバイデン政権は3750個と公表している。縮小の一途なのだ。しかも核弾頭には耐用年数があり、「2030年前後になると米国の核弾頭は物理的に信頼できないものになってしまう」(矢野氏)と懸念されている。
韓国では尹錫悦大統領が米国に戦術核再配備を求めるなど、核で北の核脅威に対抗する世論が高まった。しかし日本では、岸田文雄首相が広島での「原爆の日」にも述べた通り「わが国は、引き続き非核三原則を堅持しながら、唯一の戦争被爆国として核兵器のない世界の実現に向けた努力を続ける」との姿勢だ。
岸田氏は18日から米ワシントン郊外のキャンプ・デービッド山荘で行われる日米韓首脳会談および日米会談に臨む。運命共同体として核抑止力の強化に協力して務めることは必須課題だ。(窪田伸雄)