トップ国内神仏の加護に与った誕生日 中里富美雄さんの随筆集「百三歳の夢」

神仏の加護に与った誕生日 中里富美雄さんの随筆集「百三歳の夢」

いつも夢を持ち続けて

作家としての仕事を回想する

随筆集『百三歳の夢』

国文学者で作家、エッセーストの中里富美雄さんが随筆集『百三歳の夢』を上梓した。題名にあるように今年5月、満103歳の誕生日を迎え、それを記念した著作。

ものを書き続けてきた一生で、これは20冊目の随筆集。2年前にも『山のけむり』を刊行し、最後の本のつもりだったが、「神仏の加護」に与()り新たな誕生日を迎えることになったという。

著者近影(102歳)、中里清美撮影

人からよく尋ねられるのが、長寿の秘訣(ひけつ)についてだ。著者は「常に夢を持つこと」と答える。題名はこの話に由来する。「夢」とは「希望」と同義で、本の出版や旅など、いつも夢を持ち続けてきた。そして今の夢というのは、「奇跡を起こして、日光の神橋から滝尾神社に通じている石畳に長い道を自分で歩くこと」。

日光には別荘もあり、数年前まで、初詣は東照宮だったという。東武日光線の特急で都内から2時間足らず。だが、歩くのが不自由になり、太股の筋肉が加齢と共に退化し、痛んで立っていられなくなったそうだ。そこで始めたのがリハビリだ。

歩くことが生きる楽しみの著者にとって、旅の思い出は尽きない。「杖の思い出」は、亡き妻から生前プレゼントされたその杖(つえ)についてつづった作品。68歳の時、日光の鳴虫山(1103㍍)に家族で登山した。孫が歩けなくなると、著者が杖を下腹のあたりで横にして持ち、そこに腰掛けさせて登ったという。

ところで著者は、安芸由夫という筆名を持つ作家でもあって、「作家安芸由夫」という文章を書いている。

敗戦の年、軍隊から帰ってきて、人生を出直す目的で大学に入り直し、国文学の勉強を始めた。

小説を書くきっかけは戦友との再会だった。随筆集『心の中の壁』(渓声出版)に詳しく記されているというが、戦死した友人たちの思い出を語り合っていると「君は国文科の出身じゃあないか。死んだ連中のことを書いてやれよ」と言われ、著者も「生き残った俺たちがどんな人生を生きたかということも、書いておく価値があるな」と思って、自己表現の意欲に駆られたという。

昭和25年、30歳の時に「文芸首都」という同人雑誌に参加して書き始めた。

「梵鐘」を昭和39年、読売短編小説賞に応募し、受賞した。選者の石坂洋次郎が褒めた作品だった。

普段はかたくなな父親が、息子の出征に際して「死ぬなよ!」と叫びつつ梵鐘(ぼんしょう)を突いたという話で、舞台は甲府盆地。

平成21年に刊行した小説集『風のアトリエ』は7冊目で、そこで作家を引退した。代表作を問われると『ある愛の終わり』(平成16年、渓声出版)を挙げる。

男女間の愛にはさまざまな形があるが、性を超えた友愛があるはずだと考えた男が、それが成り立つかを問い掛けた実験的な小説だ。源氏物語の女性「浮舟」を本歌取りのように踏まえて、文章にも苦心を凝らした作品だった。

「ジェンダー論が活発な今の時代ならともかく、当時としてはこのテーマは話題にならなかった」と回想する。筆力は衰えていない。

(大国印刷刊=電話042・333・0092頒価2000円)

(増子耕一)

spot_img

人気記事

新着記事

TOP記事(全期間)

Google Translate »