台湾有事への懸念が高まる中、中国が台湾に仕掛ける「認知戦」が激しさを増している。認知戦は民主主義社会の言論の自由を逆手に取り、民意を誘導して政治決定に影響を与えようとするもので、陸海空・宇宙・サイバーに続く「6番目の戦場」とまで言われるほどだ。台湾で民間人を対象に防衛講習を行う「黒熊学院」の発起人の一人、沈伯洋・台北大学副教授に認知戦の実態や対応策を聞いた。(聞き手=村松澄恵)
中国の「認知戦」の脅威 台湾人の抵抗意思くじく 沈伯洋・台北大副教授(上)
――来年1月の台湾総統選に向けて中国はどのような認知戦を行っているか。
台湾政府の信頼を失墜させるため、「台湾の治安は悪化しているが、政府は何の対策もしていない」などの偽情報で世論を誘導している。
――偽情報の影響を受けやすいのは誰か。
基本的には政治的な立場が明確でない中間層を対象に行われている。私たちの研究結果によると、約2割の人々が中国の陰謀論を信じる傾向にある。若い人は影響工作の主な対象とされているので、特に影響を受けやすい。年配の人も当然影響を受けているが、彼らは過去の教育などの背景から、もともと中国が好きな人が多い。
また、旧正月(2月末)を過ぎた頃から、「民進党が政権を担い続けると戦争になる。違う党を選んで平和を維持しよう」といった内容が増加した。他にも、「日米は台湾をいじめてきた。中国こそ本当の友人だ」とするものもある。
中国がネット上で行う認知戦は、台湾人全体ではなく一部の人々に対して行う。例えば、動物の動画を見るのが好きな人たちには、かわいい生き物の動画で引き付けてファンにした後、問題のある動画を見せる。
中国が認知戦を仕掛けるためには、対象の興味・関心などの情報が必要となる。個人情報を守ることは認知戦に対抗する上で、重要な一つの要素になる。
――台湾有事が本当に起きた際、認知戦はいつ、どのような形で行われるか。
有事が起こる時はハッカーによる攻撃や認知戦から始まる。その後、ミサイル攻撃や海域封鎖、上陸作戦などに移る。
中国は戦争が始まる数カ月前から台湾の世論を中国の望む方向に導くだろう。予想されるのは、台湾人に「戦っても勝てない」「自分たちを支援してくれる国などどこにもない」と思わせ、「だったら中国側と仲良くしよう」という考えを植え付けることだ。
――現状の台湾世論を見ると、既に部分的に影響されているのではないか。
確かに台湾で「中国に投降すべき」とする声は常にあるが、それは台湾全体で2割程度だ。約6割は「抵抗すべき」としている。
中国が特に影響工作を行いたいのは、意思を示していない残りの2割に対してだ。もし、彼らが少しずつ「投降すべき」という考え方になった場合、中国にとって非常に有利となり、台湾侵攻を誘発することにつながる。
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――台湾では「米国懐疑論」が強まっている印象を受ける。
台湾で現在よく見掛ける言説は、①米国は半導体の受託製造大手、台湾積体電路製造(TSMC)を自分のものにしようとしている②有事の際は中国がTSMCの技術を得るのを阻止するため、台湾の半導体工場を爆破する③米国が台湾へ武器を売却するのは、台湾と中国で争わせ、中国の力を削(そ)ぐため――などだ。これらの陰謀論で台湾人の米国への信頼を揺るがそうとしている。
これらの陰謀論を米国が明確に否定する以外に有効な対応策はないだろう。私が陰謀論に応酬しても、米国の信奉者のように見えてしまうだけだ。
中国は大きな戦略の下、世界各国に対して認知戦を行っている。これに対抗するため、世間に流れる陰謀論などの対応策も含めた情報交換を国際的に行うべきだ。これには中国の認知戦が著しい東南アジア諸国も共に行うのが望ましい。