先進7カ国首脳会議(G7サミット)で打ち出された「広島ビジョン」。核威嚇を行うロシアおよび核兵器開発と弾道ミサイル発射実験を繰り返す北朝鮮は当然だが、中国に対しても「透明性や有意義な対話を欠いた、加速している核戦力の増強は、世界および地域の安定にとっての懸念」との文言が盛り込まれた。
米国防総省は昨年の中国の軍事力に関する年次報告書で、中国の運用可能な核弾頭数は推定で400発以上と分析し、2035年までに約1500発の保有を予測している。中国は核軍縮の意思もなく、交渉も見通せない。
また、中国が東・南シナ海で強引な海洋進出を続けていることに首脳声明は触れており、「力または威圧によるいかなる一方的な現状変更の試みにも強く反対」すると表明。台湾侵攻への野心を隠さない中国に対し、G7が釘(くぎ)を刺した形だ。核兵器増強への憂慮も含めて評価されるべきだろう。しかし、首脳声明は「一つの中国政策」に「変更はない」と明記。台湾海峡の平和と安定を促しながらも、中国の脅威に強く踏み込めないG7各国のジレンマを感じさせる。
一方、チベット人やウイグル人、香港の民主化運動などへの人権状況には、「懸念を表明し続ける」と言及した。中国政府は一貫して、新疆ウイグル自治区における強制収容所の存在などを完全否定しているが、G7首脳がこの問題を取り上げた意味は大きい。
中国政府の圧政下にあるウイグル人など諸民族の在日団体や香港の民主活動家は先月、G7首脳に向けて、中国政府による人権侵害行為を阻止する声明の発出を求める要望書を、日本の超党派の議員連盟に提出していた。
G7サミット閉幕後、日本ウイグル協会(于田ケリム会長)は記者の取材に対し、発出された首脳声明の内容に謝意を示したものの「懸念に留(とど)まったのは残念」と回答した。ウクライナのゼレンスキー大統領の参加もあり、中国の人権問題に関心が薄れた点は否めない。実際、20日に広島市の黄金山公園で開催されたチベット人、ウイグル人らが中国への制裁をG7サミットに求める抗議集会に集まったマスコミはわずかで、報道陣は同時刻にサミット会場に向かうゼレンスキー氏に殺到した。
不当に拘束された人々の解放や顔認証システム・監視カメラといった人権侵害に使われる可能性のある技術の輸出停止など、問題解決のための具体的な措置や対応策にまで踏み込めなかったのは心残りだ。日本にとっても企業の取引先が強制労働などに関与している疑惑もあり、決して無関係とは言い難い。
米国で制定された中国・新疆ウイグル自治区からの輸入を禁止する「ウイグル強制労働防止法」など、わが国でも国内法の整備を検討することは今からでも遅くはないはずだ。
首脳声明に対し、中国外務省からは早速「強烈な不満と断固とした反対」(孫衛東外務次官)があったという。その抗議に対し、日本の垂秀夫駐中国大使は「中国が行動を改めない限り、これまで同様にG7として共通の懸念事項に言及するのは当然のこと」「まずは中国側が前向きな対応を行うべき」だと反論した。当然の対応であろう。
今後、覇権主義的行動を強める中国の脅威に対抗する上で、日米同盟はもちろん、韓国との連携も無視できない。日韓関係が正常化に向かう中、G7サミットに韓国の尹錫悦大統領を招待し、岸田文雄首相とともに韓国人原爆犠牲者の慰霊碑を訪れたことも意義深い出来事だった。(石井孝秀)