【連載】安倍元首相暗殺の闇―第3部 テロ直視せぬ危うさ(4)

慰霊碑設置 反テロの試金石

ガードレールが撤去された近鉄大和西大寺駅前の安倍元首相銃撃事件現場=2月6日

東京都千代田区のJR東京駅では、かつて2人の宰相へのテロ事件が起きている。平民宰相といわれた原敬が大正10年11月4日、中岡艮一によって心臓を刺され死亡した。その遭難現場、現在の丸の内南口の券売機の前の床には、小さな円の中に六角形の印が埋め込まれ、券売機横の壁に「原首相遭難現場」と書かれた説明の金属板が張られている。

【連載】安倍元首相暗殺の闇 第3部 テロ直視せぬ危うさ(1)

【連載】安倍元首相暗殺の闇 第3部 テロ直視せぬ危うさ(2)

【連載】安倍元首相暗殺の闇―第3部 テロ直視せぬ危うさ(3)

昭和5年11月14日には、岡山県での陸軍特別大演習参観のため、列車に向かいプラットホームを歩いていた浜口雄幸首相が、右翼の佐郷屋留雄にピストルで銃撃された。浜口首相は一時快方に向かったものの、翌年8月に死去した。

遭難現場となったプラットホームの下は現在コンコースとなっており、新幹線の改札口に近い床面に、菱形(ひしがた)に似た紋様の中の同じような円の中に六角形の印が埋め込まれている。近くの柱には「浜口首相遭難現場」の説明の金属版が張られている。

2人の宰相の遭難現場に記念物を設置するのは、かつて日本が辿(たど)った苦い歴史を忘れず、テロを憎む心を忘れないという意思表示でもある。忙しそうに移動する通勤客や旅行者が多く、足を止めて説明板を読む人は少ないが、歴史的な事件の記憶を恒久的に保存することの意味は小さくない。

JR東京駅構内に埋め込まれた浜口首相遭難現場の印(手前)。後方の柱に説明の金属プレートが嵌め込まれている

安倍晋三元首相銃撃事件の起きた奈良県の近鉄・大和西大寺駅前の現場も、保存し何らかの記念物を設置することが検討された。奈良市は有識者を含む人々の意見を聞いたが、「事件を思い出したくない」などの意見が多かったという。結局、奈良市の仲川げん市長は「世論の分断を生む」として、昨年10月、事件前の計画通り「車道」として整備し、事件を記録するための慰霊碑などは作らない方針を決めた。

それでも何らかの形で、安倍元首相を慰霊し、事件を記憶するものを残すべきとの声は絶えない。昨年12月、現場の保存と慰霊碑建立再検討を訴える署名活動がインターネット上で開始され、3月2日時点で3万4千人以上の署名が集まっている。

発信者の堀友和氏(44)は安倍晋三元首相について、「憲政史上最長の長期政権を維持し多くの国民から支持を得ていた」とし、「(事件)現場を早急に撤去し足跡を消してしまう事は、後世の歴史を鑑みた時大きな違和感を感じる」と指摘。工事計画の議会での再検討や、住民投票の実施など、「民意が反映される形での決着を強く望みます」としている。

署名者のコメント欄には、「銃撃は民主主義に対する挑戦。何も残さないのは民主主義の放棄と感じる」、「歴史を後世に残す責任は我々にある。テロや反社会的勢力に揺るがない姿勢を見せるべき。奈良市や奈良県は国民を愚弄している」などの声が寄せられている。

しかしこれらの声もむなしく、当初の予定通り工事は進み、昨年12月に現場のガードレールが撤去され、今年2月20日には、アスファルト舗装を剥がす工事が始まった。3月末には完全な車道となる見込みだ。

自民党周辺によると、安倍氏の一周忌に合わせて慰霊碑を建造する案が出ているようだが、事件現場ではなく別の場所が検討されているという。

この動きに対して堀氏は、「私が拘る現場保存は工事計画の修正が必要」だと改めて強調。「政治家ならこういう時工事止めて慰霊するくらいの方が国民の信頼得られるのにな」と綴(つづ)っている。

慰霊碑などの記念物の設置は、日本人がテロを許さず民主主義を守る決意をどれだけしているのか、その試金石となろう。(世界日報特別取材班)

=おわり


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