【連載】安倍元首相 暗殺の闇 第1部 残された謎(4) 訪台決定期と重なる襲撃決意

事件の取材を進める中で、一つの大きな疑問点が浮かび上がってきた。それは、なぜ7月8日が山上徹也容疑者の安倍晋三元首相襲撃の日となったのか、ということである。

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6月28日、近鉄大和西大寺駅の南口で街頭演説する安倍元首 相(安倍氏のツイッ ターより)

供述によると山上容疑者は昨年の9月ごろ、安倍氏の殺害を決意、今年の春ごろには銃を完成させたという。そして第26回参議院選挙が6月22日に公示され、安倍氏は公示日の東京都内での街頭演説を皮切りに全国遊説を開始している。暗殺を計画していた容疑者にとっては好機到来したことになる。

しかし山上容疑者はすぐには決行しなかった。報道によると、「襲撃は7月に決意」したと供述している。その理由を「金がなくなり、7月中には死ぬと思った」からと供述している。

容疑者の預金口座の残高が8日時点で二十数万円あったが、少なくとも60万円以上の負債も残っていたとの情報もある。捜査本部は、犯行の背景に経済的困窮もあったのではないかとみているようだが、安倍氏暗殺のためにガレージまで借りて準備をしてきた容疑者が、経済的困窮を理由にこんな大事件の最終的な決断をするだろうか。

7月に入って襲撃を決意した別の理由があったのではないかとの疑問が出てくる。

山上容疑者は、7月7日、岡山での安倍氏の演説会場に向かったが襲撃を断念。帰りの電車の中で翌8日に急遽(きゅうきょ)安倍氏が奈良県の近鉄・大和西大寺駅前に訪れることを知り犯行に及んだという。大和西大寺駅なら容疑者の自宅のある最寄りの新大宮駅から一駅で土地勘もある。

しかし、この大和西大寺駅で安倍氏は、事件の10日前の6月28日にも事件現場とは逆側の南口で街頭演説を行っている。その様子を記録した写真が安倍氏のツイッターに掲載されている。写真では安倍氏の立ち位置と聴衆との距離は遠く見えるが、実際に記者の歩幅で測ったところ約10歩(10㍍)ほどだった。背後は選挙カーで防備はされていても、山上容疑者が安倍氏正面の聴衆に紛れていれば確実に狙える距離だ。

さらに安倍氏は同日、大阪府の近鉄・富田林駅前でも街頭演説を行っている。演説を聞いていた男性によると、演説後安倍氏は選挙カーを降り、支持者らに囲まれながらグータッチをして回ったといい、「もしあの中に山上(容疑者)がいたら、銃でもナイフでも狙うのは簡単だっただろう」と振り返る。

国政選挙で全国を飛び回る安倍氏が奈良近辺で演説を行う回数は限られている。その中で、この機会を見落としていたとは考えにくい。ではなぜ山上容疑者はこの日、安倍氏を狙わなかったのか、疑問を抱かずにはいられない。6月28日から7月8日までの間に、容疑者に襲撃を決意させる何か大きな変化があったのではないかと思われる。

それは、容疑者が供述するような経済的な理由などではなく、第三者側での変化があったのではないか。そこで暗殺された安倍氏の側に目を向けると、ちょうどこの時期が、安倍氏の台湾訪問が正式に決定した時期と重なることに気が付く。

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