
中国の台湾侵攻の可能性が排除されない中にあって、台湾有事の際、沖縄の離島住民などを避難させるシミュレーションを行うことは不可欠な情勢になっている。沖縄県議会や県が主催する有識者会議では、住民避難の具体的な議論が行われており、今年度末にも図上訓練が実施される見通しだ。(沖縄支局・豊田 剛)
米軍の協力が不可欠
実施要領パターン作成は4市町村のみ
沖縄の海域・空域の安全保障環境は一層厳しさを増している。沖縄慰霊の日の6月23日、中国の爆撃機3機が、沖縄本島と宮古島の間の空域を飛行して太平洋と東シナ海を往復した。同月上旬には、石垣島北方の排他的経済水域で中国の海洋調査船「東方紅3」が日本の同意なく海底の堆積物を試掘した疑いが強い。また、7月1日から2日にかけては、ロシア海軍の駆逐艦とフリゲート艦、補給艦各1隻、計3隻が与那国島と西表島の間を北上し、東シナ海に入った。

6月21日の県議会代表質問で、嘉数登知事公室長は「万一の事態に備えて、国民保護に関する対処能力の向上を図ることは重要と考えている。関係機関と引き続き協議を重ねた上で、今年度末に県独自の図上訓練の実施を予定している」と話した。
27日の一般質問では、下地康教議員(自民)の質問に対し、嘉数氏は「沖縄県は、軍事的な予兆などの情報が入った場合、国の事態認定を待たずに県危機管理対策本部を設置し、国民保護の準備をする」と答弁。民間船舶や航空機などを使用し、避難に要する日数などを試算していることを明らかにした。
国民保護法は、住民が外国による武力攻撃事態に巻き込まれたときに、国民を守ることを規定したもので、2004年に成立。これを基に、北朝鮮がミサイルを発射した際などに、緊急情報を瞬時に住民に伝達するシステム「Jアラート」もその一環だ。
県は、住民避難が必要となる武力攻撃予測事態などに備え、船舶や航空会社と協議を重ねていることを明らかにしている。既存の交通機関だけを使用した場合、どれだけ避難日数がかかるか試算しており、今後、市町村との意見交換を通じて試算結果などを示し、具体的な避難パターンの作成を支援していくことにしている。
県の国民保護計画では、離島の自治体は船舶または航空機で沖縄本島へ避難し、その後、県外へ避難する流れを想定している。ただ、万が一、全県民を県外に避難させる場合は140万人超で、観光で滞在する人もそれに加わる。
石垣市と宮古島市は独自的に住民の避難にかかる日数をシミュレーションしている。石垣市は19年に「避難実施要領のパターン」を策定し、5月にホームページに掲載。それによると、1日に航空機を45機運航した場合、全市民避難の所要期間を約10日と想定した。
こうした中、県の基地対策課は6月末、米軍基地問題について、玉城デニー知事が有識者の意見を聞く第2回アドバイザリーボード会議の議事概要を公表した。会議は5月25日に開催されたもので、有事の際に国民保護法の住民避難が非現実的で、具体的な議論が必要との意見が出た。
会議にはジョージワシントン大学のマイク望月准教授や柳沢協二元内閣官房副長官補など安全保障が専門でありながら、普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設に否定的な委員6人、沖縄県からは知事や副知事ら5人が出席した。
議事録は匿名で、「台湾を巡る米中の軍事衝突は、仮に起きれば、おそらくウクライナ以上の衝撃をもたらしかつ悲劇になるだろう。当然日本も真っ先に当事者になる」など安全保障上の危機感を募らせる発言が目立った。
有事の際の住民保護についてある委員は、「戦争になったらもう終わりという共通認識を持つためにも、ぜひ具体的な住民避難、特に離島の全島避難から始めて、やがて米軍基地がある以上は本島の避難も考えなくてはならない」と述べた。在沖米軍が防災訓練で民間空港の使用を進めていることについて否定的な見解を示す委員もいた。
県は図上訓練や住民避難の連携などに向けて離島を中心とした市町村、国や自衛隊と協議を進めているというが、米軍の協力が欠かせない。照屋守之県議(自民)は、県が那覇軍港で訓練が行われていることに強く抗議し、協力的な姿勢を示さないことを批判。住民避難で米軍の協力を取り付ける努力をすべきだと訴えた。
今年2月、台湾・尖閣有事の際、先島諸島の全住民を安全に避難させるため政府・沖縄県・市町村が連携し図上訓練を実施することを求める陳情を県と県議会に提出した保守系民間シンクタンクの仲村覚氏は、2月7日、県の41市町村のうち、避難実施要領パターンを作成したのは4自治体と全国で最も少ないことを指摘した上で、沖縄戦において住民避難で失敗した教訓が生かさなければならないと警鐘を鳴らした。