トップ国内【この人と1時間】『満洲国グランドホテル』を書いた 平山周吉さん

【この人と1時間】『満洲国グランドホテル』を書いた 平山周吉さん

「傀儡国家」のイメージ覆す

 ひらやま・しゅうきち 昭和27年生まれ。慶応義塾大学文学部国文科卒。文藝春秋社で雑誌、書籍の編集に携わる。著書に『戦争画リターンズ―藤田嗣治とアッツ島の花々』(芸術新聞社、雑学大賞出版社賞受賞)、『江藤淳は甦る』(新潮社、小林秀雄賞受賞)など。

平山周吉さんの新著『満洲国グランドホテル』(芸術新聞社)が評判だ。満洲国と関わった36人を取り上げ、それらの人々を通して偽りない満洲国の姿に迫っている。軍人、官僚、経済人、文化人そして末端の役人や民間人が残した記録や回想を読み込み、従来の「傀儡(かいらい)国家・満洲」のイメージを覆すものとなっている。(特別編集委員・藤橋 進)

満洲国を当時の人の眼で

「五族協和」に身捧げた人々も

満洲国と言えば、石原莞爾(かんじ)や東条英機、星野直樹、松岡洋右(ようすけ)、岸信介、鮎川(あいかわ)義介の「二キ三スケ」が話題になるが、それ以外にも有名無名の多くの日本人が関わりを持った。

『満洲国グランドホテル』(芸術新聞社)

33人目に登場するロシア文学者・内村剛介は、少年時代に渡満し、戦後ソ連に抑留経験を持つ。昭和58年「文藝春秋」9月号の座談会「日本人にとって満洲とは何か」で、<日本人がすべて悪いという満洲史観には同意できません。きのうは勝者満鉄・関東軍に寄食し、きょうは勝者連合軍にとりついて敗者の日本をたたくというお利口さんぶりを私は見飽きました>と出席者の澤地久枝、石堂清倫(いしどうきよとも)に激しく反論した。

「いちばん傀儡国家・満洲というイメージを揺さぶる力を持っているのが内村剛介の言葉だと思う」という著者。<初代満鉄総裁の後藤新平の企図は公平に評価されるべきだと思う><革命に失敗して日本にきた孫文さえも、満洲はほっておく、日本にまかせるといっています>など内村の発言を紹介している。

「いま言われている昭和史は、東京裁判によって公認された史観を超えていない。それも一つの見方だけれども、別の見方もある。大事なのは当時の人々がどういう風に見ていたかということ。まだ歴史が生成中だったリアルタイムの段階で、そこで生き死んだ人たちがどう見ていたかを知ることだと思う」

そのための材料としては、基本史料のほか日記や回想録、裁判での証言などに当たったが、回想録を数多く読み込んだ。そこから人物の意外な面も見えてきた。

「色んな人のことを書いているので、当然、交差してくる。そうするとあそこでは嘘(うそ)を言っているなとか、ちょっとごまかしているなとか、たくさん読めば読むほど実感がつかめてくる。例えば、無政府主義者、大杉栄の殺害犯で満洲に渡って満映の理事長を務めた甘粕正彦については、大方の人がなかなかの人物だといっている。満洲で暗躍はするが、何か理想を持っていたということも伺われる」

国の性質上、軍人と官僚が主役になる。回想録を残した人も少なくない。

「とくに官僚の場合、更地に新しく法律や組織を作るわけで、前例踏襲じゃない。出世コースから外れることも覚悟した型破りの人が多かった。終戦時満洲国官僚のトップ総務庁長官だった武部六蔵は、戦後シベリアに抑留され、東京裁判では、誇るつもりはないけれど満洲国の民生を少しでも向上させることができたと証言している。この証言を裁判記録で読んだときは感動しました。ほかにも第4代総務長官を務めた大達茂雄は、関東軍と大喧嘩し参謀長の板垣征四郎に辞表をたたきつけた。この快男児を悪く言う人はいない」

最初に取り上げたのは、小林秀雄。小林は昭和13年に満洲国総務庁の招きで満洲国を旅し、翌年『改造』に「満洲の印象」を発表した。ソ連との国境に近い孫呉の満蒙開拓青少年義勇隊の訓練所を訪ねるなどして、率直にして含蓄深い文章に綴(つづ)った。

「この文章は、先日ユーチューブで対談した仏文学者の鹿島茂さんはじめ小林を評価しない人でもいいという。満洲国へのお仕着せの見方でない。義勇隊の少年たちがどんな悲惨な状況に置かれているかを見て涙まで流している。そういう文章を書くこと自体、当時は大変なことだったと思います」

「五族協和」「王道楽土」の理想を信じ、新国家の建設に身を捧(ささ)げた少なからぬ人々が官民を問わずにいた。満洲国の地方官吏養成機関、大同学院の設立に関わり講師を務めた奉天図書館長・衛藤利夫もその一人。衛藤が卒業式で祝辞を贈った大同学院の1期生97人のうち12人が殉職している。満映作品『黎明曙光』で殉職警察官役を主演した笠智衆(りゅうちしゅう)について調べている時には、満洲国の指導官(警察官)を務めた木口三郎という人が残した『東辺道』という回想記に出合った。

「この人は戦後、『お前は満洲で警察官をしていて、民衆にこびへつらわれて、うれしくなかったか』などと蔑(さげす)まれて、それに憤って回想記を書くんですが、これがすごく面白い。満洲人の中に入って行って見た田舎の生活の様子、例えば苦力(クーリー)などは、最初から女性と結婚することなど諦めていたなど、実情がビビッドに描かれている」

登場人物が色んな所で、つながったり交錯したりする。書いていて、それが楽しかったと言う。満洲国の歴史的評価についてはあえて結論は出さず、読者が考え判断する材料を提示する形となっている。そんな中で重要なのは、本書全体から感じられる満洲国の「空気」だろう。少しでも満洲国の空気を吸いたい人には、この「グランドホテル」への投宿を勧めたい。

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