
台湾の馬英九元総統が台湾の学生を連れて6月14日から27日にかけて中国を訪問した。「台湾と中国は互いに隷属しない」とする現政権の立場や大多数の民意の真逆ともいえる言動が台湾社会に波紋を呼んでいる。(宮沢玲衣)
「私の主張は、両岸(中台)が平和的、民主的に統一されること」。6月26日、中台交流の場での馬氏の発言だ。馬氏の解釈では、「平和」は武力を用いないこと、「民主的」は台湾人の考えを尊重することを指すという。
15日には、台湾元総統の立場で中国アモイで開かれた中台交流イベント「海峡フォーラム」に出席。台湾は自国の一部だという中国の主張に同調するかのように「1992年コンセンサスと台湾独立反対の下、さらに協力を深め、中台が対立ではなく交流することを願う」と発言した。92年コンセンサスは、中台双方が「一つの中国」に属すると認め、その「中国」が中華民国(台湾)か中華人民共和国かは双方が「別々に述べ合う」とされている。
フォーラム前には中国共産党序列4位の王滬寧氏に面会。王氏は馬氏を「民族意識があり、中国と台湾の人々を中国人だと認識している」と評価し、「平和的な国家統一に向けて民族復興の努力を続けていこう」と呼び掛けたという。
馬氏は香港生まれの外省人(中国本土出身者)で、2008年から2期8年にわたって台湾総統を務めた。テレビ映えする外見と米ハーバード大博士という経歴などから総統就任時には6割を超える高い支持率を誇ったが、中国寄りの姿勢や物価上昇、格差拡大といった経済政策の失政が反発を招き、2期目は支持率が10%前後と低迷。人気失墜のまま総統府を去った。
馬氏の訪中は総統を退任してから今回で4回目となる。馬氏は自身を「平和の使者」と称し、中台関係の緊張緩和と交流推進のための「架け橋」としている。過去には、中国の習近平国家主席とシンガポールで歴史的な会談を行った。また、「習近平氏を信じるべきだ」と発言し、世間を騒がせたこともある。
民間シンクタンク「台湾民意基金会」の調査によると、昨年5月の時点で「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない」とする人は74・3%もいる。台湾人にとって台湾の土地は中国には属しないということだ。台湾で対中政策を担う大陸委員会は6月15日、馬氏の行動は「統一戦線の操作に乗った」もので、遺憾だと表明した。
習主席は、馬氏による中台の平和的発展の努力に「印象的で感動した」と発言している。馬氏の海峡フォーラム出席、王氏との面会など一連の行動について与党・民進党の中国部は17日、「違憲」「売国」「国を誤らせた」と強い言葉で批判。その上で、中国の思惑に沿って「中台は一つで、台湾内部は統一を支持している」という誤った印象を与えるもので、台湾が国際社会に発しているメッセージとは逆と懸念を表明した。
台湾の立法院(国会に相当)は、野党・国民党の議席が与党・民進党を上回る「ねじれ」状態にある。行政府の予算が大幅に削減され、国防費にも影響が出るなどしていることから、不満を持った人々は市民団体を中心に国民党のリコール(解職請求)活動を行っている。7月26日には24人の野党議員のリコール投票が行われる予定だ。馬氏の一連の言動は、投票の行方に少なからず影響を与えるとみられている。