トップ国際台湾日常に潜む他国からの「悪意」 半導体投資で不安に付け込む【連載】中露が仕掛ける「認知戦の脅威」(上)  

日常に潜む他国からの「悪意」 半導体投資で不安に付け込む【連載】中露が仕掛ける「認知戦の脅威」(上)  

6日、台北の台湾総統府で共同記者会見に臨む台湾積体電路製造(TSMC)の魏哲家会長兼最高経営責任者(CEO、写真右)と頼清徳総統(総統)
情報を操作して自国に有利な状況を作り出す「認知戦」が、現代の戦争・紛争の新しい形として台頭している。ロシアや中国は偽情報などを拡散し、民主主義陣営の分断を図っている。民主主義と専制主義の価値観が交錯する「最前線」の台湾では中国から日常的に認知戦を仕掛けられており、企業の動きや芸能人の発言など、日々スマホで目にする情報の中に巧妙に他国からの「悪意」が隠されている。

「情報戦や認知戦に強い社会にし、脅迫や利益による誘導を拒否する。国外勢力による悪意ある浸透を防止する」――。

台湾の頼清徳総統は1月1日の新年談話で、人々の考え方に気付かないうちに影響を与え世論を操作する「認知戦」に言及した。台湾は言語や文化で中国と共通するものが多く、中国からの激しい認知戦を受けやすい。台湾は、中国が民主主義国へ認知戦を仕掛けるための「試験場」とも言われており、政府関係者らは折に触れて人々に警戒を呼び掛けている。

一方、中国は自国民からの反乱などを恐れ、インターネット検閲・監視システムなどで情報統制を行っている。そのため、中国当局に不利な情報をネットの言論空間に投稿するのは困難だ。意に反する発信があれば投稿を削除されたり、アカウントを停止されたりする。親族が警察に呼び出された人もいるという。その一方で、台湾など民主主義陣営の自由な言論空間で情報戦を展開している。

昨年1月の台湾総統選挙の際にも認知戦は盛んに行われた。「与党・民進党の頼氏が総統になれば『戦争』、最大野党・国民党の侯友宜新北市長が総統になれば『平和』」といった内容や、「民進党がインドと移民促進協定を締結」「米国は台湾を見捨てる」など、数え切れないほどの偽情報が錯綜した。

最近では、台湾の主力産業、半導体を巡る認知戦が仕掛けられている。半導体世界大手・台湾積体電路製造(TSMC)の魏哲家・最高経営責任者(CEO)が今月3日、ホワイトハウスでトランプ米大統領と会談し、米国に1000億㌦(約15兆円)を追加投資すると発表すると、「台湾は捨てられた」「国家安全の危機だ」など台湾人の不安を煽(あお)る内容が急増した。

台湾人にとってTSMCは台湾の国際的地位を引き上げた企業で、「護国神山」とまで呼ばれるほど人々にとって重要だ。世界的な半導体需要の高まりから、中国がTSMC擁する台湾を侵攻すると生産が停止し、世界中の経済不安定化につながることが考えられる。それを避けるために多くの国が台湾を支持するようになったと考えている台湾人は少なくない。

 コロナ禍以降、TSMCが日本や米国などへ生産工場を移転する動きを不安視する声が台湾で大きくなった。今回の追加投資は先端半導体の生産体制を強化するものだが、研究開発センターも建設予定となったため、台湾人の不安を加速させることとなった。今回の追加投資が認知戦に利用されるのを防ぐため、頼総統は6日、帰国したばかりのTSMCの魏氏と共に会見を行い、人々の不安払拭(ふっしょく)に努めた。

 認知戦の専門家で立法委員の沈伯洋氏は1月末、米国での台湾人の集会で講演した際に「台湾の政治に関心のない約3割の人々が、中国の認知戦の主な対象だ」と指摘した。中国は中国系短編動画投稿アプリ「TikTok」(ティックトック)などを利用して、政治に関心のない層が中国に親近感を抱くように印象操作しているという。ティックトックを主に使用する10代を中心とした若い世代が将来、選挙権を得た際には、政治家も若い世代の志向に合わせて変わらざるを得ない。こうした現象が世界中で起きることに警鐘を鳴らした。

 自由な言論が民主主義国家で重視される以上、他国からの認知戦とどう向き合うのかは大きな課題となる。

 (宮沢玲衣)

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