半導体躍進 市場価値高める
台北市の総統府前で20日に行われた頼清徳総統の就任式。冒頭、壇上のスクリーンに、蔡英文前総統と頼氏の映像が並んで映し出された。民進党による政権運営が3期目に入ろうとする中、頼政権による“蔡路線の継承”をアピールする演出だった。
実際、蔡氏と頼氏の就任演説の内容は共通点が多い。
そのキーワードは「現状維持」だ。英メディアBBCのインタビュー(18日付)に応じた蔡氏は「あなたにとって現状維持とは何か」と問われ、「自分たちのことは自分たちで決める。私たちには政治システムがあり、憲法があり、社会全体を規制する法律、軍隊もある。つまり、国家のすべての要素を備えている」と述べた。その上で「時が来れば、人々は台湾と何らかの国交を結ぼうと言うかもしれない」と展望を語った。
また同インタビューで蔡氏は、「台湾で女性総統が誕生するのは異例なことだと思われていたが、今の台湾社会と民主主義は女性総統を誕生させ、それを受け入れることができるほど成熟している」と強調。「今は変化と挑戦の時。今この瞬間に大統領であることは、かなり困難なことだと言わざるを得ない」と振り返った。
2022年には統一地方選敗北の責任を取り、党主席の辞任を経験した蔡氏だが、退任前に行われた世論調査における蔡英文政権の支持率は、ほとんどで50%を超えた。台湾の歴代総統退任時の支持率としては全ての調査で過去最高を記録した。
現地通信社「中央通訊(つうしん)社」は日本語版の記事で「北京(中国政府)のけんか腰に対し、蔡氏は『挑発や盲進せず、現状維持』の方針を重ねて表明」し、「台湾問題を国際化させ」たと評した。また半導体を中心に成長産業の躍進を後押しし、経済的に台湾の市場価値を高めた功績も大きい。
現地の公共英語メディア「タイワン・プラス」は19日、蔡氏の8年間を振り返るドキュメンタリー番組を約75分にわたって放送。その中で、ナンシー・ペロシ米下院議長(当時)ら内外の識者が新型コロナウイルス対策や安全保障、経済の向上、同性婚の合法化といった蔡氏の「功績」を称(たた)えていた。
日本の超党派議員連盟「日華議員懇談会」の古屋圭司会長(自民)も同番組に出演し、「医療用マスクが全く日本になかった時、蔡総統の判断でジャンボ機1機分のマスクが届けられた」と証言した。
頼氏の就任演説でも、アジア初の同性婚の合法化、民主的な感染症対策、民主主義指数と自由度の評価でアジアのトップクラスに数えられたことなど、蔡英文政権の「功績」を明確に評価している。
“蔡路線継承”は、人事にも表れている。外交部長(外相)に林佳竜(りんかりゅう)・前総統府秘書長、国防部長(国防相)に顧立雄(こりつゆう)・前国家安全会議秘書長、また、安全保障政策を決定する総統府直轄の機関、国家安全会議の秘書長には、呉釗燮(ごしょうしょう)前外交部長を起用し、同会議直属の情報機関である国家安全局は蔡明彦(さいめいげん)局長が続投。重要ポストには前政権の顔触れがスライドしたような形となっている。
蔡政権の後半に当たる頼氏の副総統時代に続き、今年1月の総統選でも固い協力関係を見せてきた両者だが、実は別の派閥出身だ。蔡氏側の派閥は蔡氏の退任と共に実質消滅するという内輪の事情もある。
蔡政権と頼政権で、何が変わらず、何が変わっていくのか、世界中から注目が集まっている。(台北・辻本奈緒子)
(次回掲載は27日付)