台湾が実効支配する金門島の沖合で台湾海洋当局の追跡から逃れようとした中国漁船が14日、転覆して2人が死亡、生き残った2人が取り調べ後に中国に送還された。台湾総統選で中国側が「独立勢力」と警戒する民進党政権の続投が決まり、中国は領海、領空の解釈を変えながら5月20日発足予定の台湾の頼清徳次期政権に揺さぶりをかけ、台湾海峡の緊張が続く。(南海十三郎)
春節期間(旧正月=今年は2月10日から17日)で中華圏では故郷での春節行事が行われている2月14日午後、台湾が実効支配する金門県で中国漁船の転覆事件(図参照)が起き、波紋を広げている。
金門島東沖合で違法操業していた中国漁船が台湾海洋当局の取り締まりを拒んで逃走、追跡されて転覆し、乗組員4人のうち2人(いずれも四川省の男性)が搬送先病院で死亡が確認された。残り2人(重慶、貴州省の男性)は台湾当局から取り締まりを受け、20日、中国側に送還された。
台湾の海巡暑(日本の海上保安庁に相当)の統計によると、2016年7月から23年11月までに台湾当局が取り締まった中国漁船は9100隻。うち約400隻が拿捕(だほ)、臨時検査(臨検)を受けた。違法な漁獲、土砂盗掘、密輸などで拘留、罰金刑などを受けている。今回の拿捕で、「禁止水域」をめぐる領海対立が再燃する恐れがある。
台湾で対中国政策を所管する大陸委員会は「中国漁船が台湾側の禁止水域に入って操業し、取り締まりを逃れようと蛇行するうちに転覆した」として通常対応を順守したとしている。金門島は1949年以降、台湾当局が実効支配し、沿岸に中国船が許可なく進入するのを禁じる「禁止水域(干潮時の外延4㌔以内)」や「制限水域(干潮時の外延4~6㌔海域)」を設定して取り締まりを続けている。
中国政府で台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室は事件当日、「悪質な事件だ」と強く非難。17日には「『禁止水域』や『制限水域』などというものはそもそも存在しない」と台湾の管轄権すら否定する談話を発表し、中台双方に1992年合意で暗黙の了解があったとされる「禁止水域」や「制限水域」の形骸化を一方的に図り、民進党政権に圧力をかけている。
中国海警局は18日、「福建省アモイと金門島周辺の海域でパトロールを常態化し、海域秩序と漁業者の保護をさらに進める」と表明、対抗措置を取った。
19日、中国海警局は6隻以上の船を出して金門島周辺海域をパトロールし、同海域を航行していた台湾の観光船「初日号」(乗組員11人・乗客23人)に強制的に中国海警局員6人が乗り込み、約30分の臨検を行った。台湾メディアは「生きた心地がしなかった」「台湾に戻れないのかと怖かった」など乗船者の声を紹介。20日、金門島水域に中国海警局の艦船が入り、無線と放送で退去を求める台湾当局の船と一時にらみ合いになり、同艦船は1時間後に領海の外に出た。
同事件で板挟みの苦境に直面しているのが地元、金門県(陳福海県長)だ。遺体の引き渡しに手厚く対処し、地元紙「金門日報」(21日付)には学生向けに英文中国語訳で事件の経緯を紹介。小三通で中国人観光客向けの観光産業振興を進め、生き残りを賭ける県民の心理は複雑だ。
中国は今後、臨検を常態化させ、管轄権が中国にあることを着々と既成事実化していく統一戦略を加速させる。尖閣諸島(沖縄県石垣市)の沖合で中国海警局の船が日本の領海に侵入したのは2023年だけでも34回。中国が尖閣諸島を実効支配していくために既成事実化を積み重ねる動きは金門島周辺の臨検常態化と同様の手法だ。
中国当局は領海だけでなく領空についても変更している。中国が2月1日から台湾海峡の民間航路を中台間の事実上の停戦ラインである中間線寄りに一方的に変更させ、台湾側に通達した。台湾当局は「一方的発表で政治的にも軍事的にも不当な企てだ」と猛反発。
中国側は「両岸(中台)は同じ一つの中国に属し、『中間線』は存在しない。(変更は)航空の安全を守るためだ」と中間線すら骨抜きにすることで領海だけでなく領空でも一方的変更を行うことで台湾に揺さぶりをかけている。