「最近面白くて、時間があると見ている」――。楽しげにこう語る台湾人の友人(24)が筆者に見せたスマホ画面には、中国版インスタグラム「小紅書」が映っていた。
<前回>存亡左右する外交力 国際的孤立からどう脱却 総統・立法委員選 対中最前線 台湾の選択(3)
台湾では短編動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」をはじめとした中国系アプリが「認知戦」に用いられているとして問題になっている。認知戦は自らに有利な偽情報を流し世論を操作することだ。
言語や文化がほぼ同一であることもあり、中国からの認知戦はエンタメなどを通して行われる。日本と違い、台湾の若者は投票率が比較的高い。13日に迫った今回の総統選は、若者票の動きがポイントになると各台湾メディアが分析しているだけに、中国による認知戦の影響が心配される。
SNSだけでなく、芸能人も利用されている。中国でも活動している台湾の大人気バンドグループ「五月天」の若者に対する影響力を狙って、中国側から「中台は一つだ」と表明するように圧力があったという。五月天は中国側の要請を拒否したため、ネット上で「口パク」疑惑が拡散。上海市当局が11月、法令違反の疑いで調査対象としたことでさらに物議を醸した。台湾では中国の意に反したことによる「見せしめ」だと考えられている。
民間で防衛講習などを行っている「黒熊学院」の院長で台北大学准教授の沈伯洋氏は、中国が認知戦を行う理由について、台湾をいきなり武力で攻撃するよりも、台湾統一のコストが小さいからだと解説した。
台湾でよく聞く世論誘導には「台湾軍は解放軍(中国人民解放軍)に勝てない」「若い人を戦場に送るよりは香港のようになってもいいのでは」といったものがある。沈氏はロシアがウクライナを侵攻した要因の一つとして、「ウクライナ人は脅せばすぐ投降すると思っていた」からだと指摘。中国による認知戦の結果、ウクライナと同様に台湾人が中国に対して弱気であるとみられれば、台湾侵攻の危険性が高まると警鐘を鳴らした。
認知戦が行われているのはネット上だけではない。今年に入り、立て続けに中国から気球が台湾本島の上空に飛来している。米国でも昨年、軍事施設などを撮影したとされる「偵察気球」が大きな問題になった。平時と有事の狭間の「グレーゾーン事態」で中国は台湾総統選を前に世論を揺さぶる狙いがある。
台湾の呉●燮外交部長(外相に相当)は9日、海外メディア向けの記者会見で、台湾は「中国の実験場」だと強調し、台湾で起きたことは他国でも起きる可能性があると語った。また、中国の認知戦について、今回の選挙を「中国の(介入の)成功体験にさせてはいけない」とし、「もし台湾の自由が侵されれば、民主主義国の価値観が大きな影響を受けることになる」と警告。呉氏はさらに、台湾人に向けて中国の脅しに屈せず、故郷に戻って投票を行うことを呼び掛けた。
一方で、選挙前でも台湾統一の野心を隠さない中国の動きに対して、野党側からは与党・民進党ほど中国に対する批判が聞こえてこない。中国の発射した衛星が台湾南部を通過した9日、最大野党・国民党の侯友宜総統候補(66)は、自身の考えをメディアに問われると「中国共産党のどのような挑発も許さない」としつつも、「また中国の介入だと騒ぐのか」とあきれ顔で言い放った。
地政学や価値観でも、民主主義と専制主義の最前線に位置する台湾。中国の影響工作にさらされる中で、どのような未来を選ぶのか注目される。
(台北・村松澄恵)
●=利の禾を金に
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