
台湾海峡は今 有事は起こるか〈10〉台湾国防安全研究院副研究員 王尊彦氏に聞く(上)
――台湾に対する中国の影響工作をどう見る。
習近平・中国国家主席は昨年10月、第20回中国共産党大会の政治報告で「武力行使(の選択肢)を決して放棄しない」と主張した。だが、軍事的な威嚇よりも警戒すべきは、台湾を懐柔しようとするソフトなアプローチだ。
習氏の政治報告は「92年コンセンサス」に触れているが、これまでほぼ必ずあった「一つの中国原則を体現する」という枕ことばがなくなった。これは台湾に対する一種のシグナルだ。台湾にとって受け入れ難い表現を削除することで、台湾の各党派の取り込みを狙っている。
習氏は政治報告で「新型大国関係」や「特色ある大国外交」を主張しており、対米、対日関係の改善を進めていくと予想される。対外的には台湾を含めソフトに出てくる可能性が非常に高い。

私から見れば、最も要注意なのは中国人民解放軍ではない。一番対抗しにくいのは、こうしたソフト路線だ。軍隊が攻めて来る前にすでに台湾内部が混乱していたらどうなるのか。中国の統一戦線工作には国際社会も助けることができない。台湾が自力で立ち向かうしかない。
――中国は最近まで、「戦狼外交」と呼ばれる強硬路線を取っていたが。
すでに戦狼外交の雰囲気は消えつつある。これは台湾にとっては逆に対応が難しい。外国から支援を得るのが難しくなるからだ。
昨年末の「白紙運動」についても、中国政府は外国メディアに運動は中国の学生たちによって組織されたものだと説明した。私はそれを聞いてゾッとした。中国は本気で「大国外交」をやるつもりだと思ったからだ。諸外国を安心させるために、白紙運動は外国勢力の介入によるものではない、あなたがたを責めるつもりはない、だからわれわれともっと付き合ってくれというメッセージだ。
「攘外安内」という言葉がある。外国の侵略を排除し、内部を安定させるという意味だ。だが、習氏の政治報告を読むと、中国はこれからその逆を行くのではないか。つまり「攘内安外」だ。外国を安心させ、内部を抑え付けるのだ。白紙運動に対する中国指導部の発言からはそのような雰囲気をにおわせる。
――経済安全保障の重要性も増している。
経済安全保障では半導体供給の脆弱(ぜいじゃく)性を減らすことが大きな課題だが、台湾にはその問題はない。むしろ半導体産業の「脱台湾化」が危惧されている。
台湾積体電路製造(TSMC)が米アリゾナ州で新設する工場では回路線幅3ナノ㍍(ナノは10億分の1)の先端半導体チップを製造することになった。日本の熊本でも7ナノのチップが製造されるという話が出ている。
台湾では2ナノ以下の最先端チップが製造される予定だが、海外に工場を造るという話が次々に出てくると台湾市民は不安になり、政府不信につながりかねない。
台湾には半導体産業があるために中国も迂闊(うかつ)に攻撃できない。半導体が台湾の盾になっているということで、「シリコンシールド」と呼ばれている。しかし、流出が進むとシールドが減ってしまうのではないかという懸念が出てくる。
(聞き手=早川俊行、村松澄恵)
92年コンセンサス 中台の交流窓口機関が1992年の協議で達したとされる合意。中国は一つであり、本土と台湾は不可分という「一つの中国」原則を確認した。中国側は「双方が原則の堅持を確認した」としているが、台湾側は「原則を堅持するが、その意味は双方が各自の解釈を表明する」としており、両者の認識に隔たりがある。