「ウクライナ危機は準備運動だ。もっとでかい危機がやって来る」――。
世界各国がウクライナ戦争への対応に追われる中、米戦略軍のチャールズ・リチャード司令官(当時)は昨年11月、この状況は序の口にすぎず、はるかに深刻な危機が待ち受けていると言い放った。
「もっとでかい危機」とは、言うまでもなく台湾有事のことだ。軍事的にも経済的にも強力な中台が全面衝突すれば、全世界に及ぼす影響はウクライナ危機の比ではない、というのだ。
米政府・軍幹部からは、中国による台湾への軍事侵攻は予想より早く起きる可能性があるとの見解が相次いで表明されている。
米海軍制服組トップのマイク・ギルデイ作戦部長は昨年10月、「2027年ではなく、私の中では22年、あるいは23年の可能性もあると思っている。過去20年間を見ると、中国は目標よりも早く実行に移してきた」と発言。21年にフィリップ・デービッドソン・インド太平洋軍司令官(当時)が、27年までの台湾有事の可能性に言及して注目を集めたが、この見積もりを大幅に前倒しするものだ。
アントニー・ブリンケン国務長官も昨年10月、「中国は現状をもはや受け入れられず、これまでよりもずっと速い時間軸で台湾統一を追求すると決意した」と指摘した。
こうした見方が出る背景には、米中の軍事バランスが大きく揺らいでいることがある。前述のリチャード氏は「中国に対する抑止力のレベルを評価すると、船はゆっくりと沈んでいる。根本的に中国は米国より早く能力を配備しているからだ」と述べ、中国の軍拡ペースに米国が追い付けていない現状を認めた。
その最たる例が海軍の艦艇数だ。10年時点では米国が288隻、中国が220隻だったが、10年後の20年には中国が360隻、米国が296隻と一気に逆転。米国防総省の中国軍事力年次報告書によると、中国は25年までに425隻、30年までに460隻を保有する見通しで、ほぼ横ばいの米国との差は広がる一方だ。
極超音速兵器の開発競争でも中国にリードを許しており、量だけでなく質の面でも米国の優位は脅かされている。リチャード氏によると、米国が維持する唯一の優位は潜水艦戦力だが、新規建造ペースを上げなければ、その優位も失う可能性があるという。
一方、中国の侵攻タイミングに大きな影響を及ぼすのが台湾の政治状況だ。来年1月に予定される総統選に誰が勝利するかで、中国の計算は変わってくる。
一般的には、独立志向が強い民進党候補が当選すれば、中国が侵攻に踏み切る可能性が高まるとの見方が多い。だが、台湾安保協会の李明峻副理事長は本紙の取材に、中国に融和的な国民党政権の方が逆にリスクは高まるとの見通しを示した。
「民進党政権は中国の侵攻に必ず抵抗するため、中国にとっては困難度が高くなる。だが、国民党政権は戦う意欲が乏しく、すぐに降伏してしまう可能性がある。台湾政府が短時間で降伏したら、米国も介入できない。この場合、中国は全面戦争をせずに台湾を統一することができる」
米軍の抑止力と台湾政治の行方。この二つが中国の意思と能力と共に台湾有事リスクを左右する大きな「変数」となる。
(台北にて、早川俊行)