
台湾北部の新竹は、ハイテク企業が集積する産業都市として知られる。新竹駅でタクシーに乗り、30分ほど行くと、「台湾のシリコンバレー」と呼ばれる新竹科学園区に着く。
華やかな雰囲気を想像していたが、実際は大きなオフィスビルや工場が整然と立ち並ぶ地域だ。工場の従業員たちが通勤で使うオートバイの音だけは常に鳴り響いていた。
同区の一角で鮮やかな赤色のマークが目立つのが、世界の注目を集める台湾積体電路製造(TSMC)の本社だ。台湾は半導体受託製造(ファウンドリ)で6割を超える世界シェアを持つが、その中でもトップ企業のTSMCは最先端半導体の生産で世界シェア9割を握る。
スマートフォンから戦闘機まで用いられる半導体は今や、経済安全保障上、死活的に重要な戦略物資。それだけに、半導体産業で大きな役割を果たす台湾への国際社会の関心は高まり続けている。
台湾行政院(内閣)傘下の同園区管理局の李淑美・投資組長は、本紙のインタビューに、「回路線幅10ナノ㍍(ナノは10億分の1)以下の半導体チップの生産で、TSMCは競争相手がいない状態だ」と技術の高さを強調。「米中貿易戦争と新型コロナ禍で世界のサプライチェーンが寸断されたことで、世界はTSMCに注目するようになった」と指摘した。

万一、台湾が中国の支配下に入れば、世界トップの半導体技術と生産能力も中国の手に渡ることになる。「半導体を制する者が世界を制す」と言われるだけに、中国が台湾の半導体産業を手中に収めることは、世界覇権の野望実現に大きく近づくことを意味する。
台湾にとって半導体産業は、中国から自らを守る「盾」でもある。中国は武力侵攻も辞さない姿勢を示しているが、実際に台湾に大規模攻撃を加えれば、中国自身が依存する台湾の半導体産業を破壊しかねない。台湾では半導体産業があるから中国は迂闊(うかつ)に手を出せないとの考えが浸透しており、TSMCを「護国神山」と呼ぶ声もあるほどだ。
また、半導体産業の存在は、有事の際に米国はじめ各国が台湾を積極支援する重要な動機付けになる可能性が高い。ロシアのウクライナ侵攻後、台湾とウクライナが比較されることが増えているが、台湾が世界のハイテク産業を支えている点はウクライナとの大きな違いだ。

ただ、懸念材料もある。TSMCが地政学的リスクから世界各国に生産工場を建設する方針を示したことで、半導体産業の「脱台湾化」が危惧され始めているのだ。
TSMCは先月6日、米西部アリゾナ州で建設中の工場の近くに、世界でも量産体制が確立していない最先端の回路線幅3ナノ㍍の工場を新設すると発表した。このニュースは台湾市民に大きな衝撃を与え、先端技術が海外に流出する懸念が急速に広がった。「TSMCは米国企業になるのではないか」という声まで上がったほどだ。
これに対し、王美花・経済部長(経済相)は、ユーチューブに投稿した動画で、台湾で2ナノ㍍の工場建設に向けて動きだしたことを例に挙げ、「最先端の製造技術と生産能力は台湾に残り続ける」と、不安の打ち消しを図った。
新竹科学園区管理局の李氏も、国際社会からの注目を必要以上に気にする必要はないとした上で、「今までと同様に努力し続けるだけだ」と語った。
半導体の技術的優位を確保し続けることは、今の台湾にとってまさしく「生命線」に他ならない。
(台湾北部新竹にて、村松澄恵)