
「民進党は国民党以上に汚職で腐敗している!」。台湾南部の高雄市で乗車したタクシーの車内では、60代の男性運転手の怒りの声が響いた。目的地に到着するまで与党・民進党批判は延々と続いた。
また、台北市内に住む24歳の大学院生は「民進党も国民党もダメだから、統一地方選では投票に行かなかった」とため息をつきながら語った。民進党支持者が多いとされる若い世代でも、政治への忌避感が強まっている印象を受けた。
昨年11月末の統一地方選では「政府はワクチンを隠れ蓑(みの)にして汚職している」「民進党政権の県は治安が良くない」といったうわさがネット上で溢(あふ)れた。これらの情報に具体的な根拠はないが、民進党の大敗という選挙結果に大きな影響を与えたことは否定できない。これらの情報には中国本土で使われる簡体字が交ざっていたことから、中国発の可能性が高いとされている。

台湾に流れる偽情報を分析している台北大学の沈伯洋副教授によると、中国がフェイクニュースの標的にしているのは、20代の若者や大学教授、政治家関係者だという。「台湾の若い世代に中国はすごいと言っても信じない。だが民進党や米国、日本は良くないという内容には耳を傾ける」と沈氏。民進党や日米の評価を相対的に下げることで、中国や中国に融和的な野党・国民党の株を相対的に上げるという戦術だ。
民間シンクタンク「台湾民意基金会」が昨年12月に発表した、民進党と国民党のどちらの主張が自身の考え方に近いかを尋ねた世論調査によると、民進党と答えた人は同9月の41・1%から30・4%に急落。これに対し、国民党と答えた人は19%から31・6%に上昇した。民進党の比率が低下したのは複合的要因だが、フェイクニュースの拡散が影響していることは間違いない。沈氏は、平時における情報戦の目的は「政府への信頼を失わせること」だと解説した。
では、中国の手口にはどのようなものがあるのか。例えば、フェイスブックの管理人としてグループを作成し、最初の数カ月間は政府を支持する内容を投稿し続ける。グループ内に政権支持者が増えた後に、政府を批判する内容を徐々に増やし、政府への不信感を植え付けていくという巧妙なやり方だ。
実際、地方選でもこの手口が用いられた可能性が高い。注目を集めた台北市長選では、民進党の陳時中候補のセクハラ疑惑などネガティブキャンペーンが繰り広げられたが、沈氏によると「陳候補に関する疑惑は、蔡英文総統や頼清徳副総統を支持する数万人規模のフェイスブックグループに初期の段階で投稿された」という。
台湾国防部(国防省)傘下のシンクタンク、国防安全研究院の王尊彦副研究員は、本紙のインタビューに「最も要注意なのは中国人民解放軍ではない。軍隊が攻めて来る前にすでに台湾内部が混乱していたらどうなるのか」と指摘し、より警戒すべきは台湾社会や民主主義陣営の分断を狙う中国の「認知戦」だと険しい表情で語った。
次期台湾総統選が来年1月に予定されている。これから1年間、中国の認知戦が激しさを増すことは確実であり、これにどう対抗するか、台湾にとって大きな課題となる。(台北にて、村松澄恵)