蔡英文総統、2期目折り返し これからの2年正念場

二つの危機、対処本腰へ ウイルスとウクライナ

台湾の蔡英文総統(中央)=2021年12月、台北(EPA時事)

蔡英文・台湾総統の任期は2期8年。残る任期は2024年5月までの2年と、2期目の折り返しを迎えた。3選はない総統職だから、残す2年は選挙を気にすることなく自己の信念に従って思う存分、力を発揮できる。ただ台湾の眼前には暗雲が立ち込める。この暗く冷たい雲を払いのけ、光り輝く青空に抜け出ることができるのか正念場の2年となる。(池永達夫)

2期目の蔡総統を襲ったのは、ウイルスとウクライナの二つの危機だった。

新型コロナのウイルス問題で台湾は当初、緻密な情報収集力と手際のいい水際作戦で新型コロナ感染の制御に成功したとされたが、今年3月に海外からのビジネス客の受け入れ再開に踏み切った後、感染が急拡大している。

4月半ばに1日当たりの感染者数が初めて1000人を超えたと思えば、2週間後の28日には1万人を超え、5月12日には約6万5000人と一気に6万人を超えた。

シンガポールやタイなど周辺のアジア諸国が入国規制の大幅緩和を進めていることも踏まえ、台湾当局は規制を段階的に緩めていく構えを維持している。

もう一つの危機であるウクライナ問題も、安全保障を揺るがす深刻なものだ。

ロシアがウクライナを侵攻した2月下旬、台湾海峡への危機の飛び火が懸念された。

ロシアがウクライナ国境を戦車で踏みにじる前から「軍事介入することはない」と言ったバイデン米大統領の足元を見透かし、台湾併合を最大政治課題と位置付け、「武力行使を放棄せず」と言い続けてきた中国が台湾侵攻を実行しかねなかったからだ。ユーラシア大陸の東西で戦火が起きれば、世界最大の軍事力を擁する米国といえども二正面作戦を強いられるリスクは高い。しかも、どちらも電光石火の短期決戦で決着がつけば、米軍は手も足も出ない。

ただウクライナのゼレンスキー大統領が反撃に転じ善戦したことで、プーチン露大統領のウクライナ短期決着の野望は打ち砕かれた。

ロシアの侵攻日、その2月24日からまもなく3カ月を迎える。

中国はロシアの苦戦を見て、台湾占領もスムーズにはいかないと自戒していると考えられる。

だからといって台湾併合の野望を諦めるシナリオは、中国には存在しない。

そもそも中国の習近平総書記は、「台湾併合は簡単にはいかない」と2期10年の任期の縛りを党規約から撤廃した経緯があるとされる。

何より台湾併合は建国の父である毛沢東がやり残し、香港返還を実現した●(=登におおざと)小平でさえ台湾併合はできなかった。それを習氏が成せば、その威光は絶大だ。2期10年で実績らしいものは無きに等しい習氏にとってその成果は垂涎(すいぜん)の的だ。

ただ戦場の勝敗が、軍事力の大小だけでは決着しないことをウクライナは証明してみせた。

旧約聖書の物語で巨漢の敵兵ゴリアテに立ち向かった少年ダビデが手にした“武器”は石礫(つぶて)だったが、ロシアと戦うゼレンスキー氏が手にしたのはスマートフォンだった。2月下旬、戦車で押し入ったロシア軍が「ゼレンスキー大統領は亡命した」とのフェイクニュースを流すと、同大統領は大統領府の前で「私はここにいる」とSNSで発信し、反撃を開始。以後、ロシア軍の残虐行為と戦争犯罪の現場をスマホから拡散させ、ロシアは国際社会で孤立を余儀なくされた。新たな武器となったSNSを制御する手立てなしに、中国の台湾武力侵攻は難しくなっている。

また中国は今回、台湾の奇襲攻撃が難事であることを学習した。

昨年末からウクライナ国境に集結したロシア軍は衛星で追跡され続け、メディアがそれを放映した。中国が台湾に侵攻する時、多大な中国人民解放軍兵士や軍艦船を福建省に集める必要がある。その動向は逐一、衛星で追跡され世界に筒抜けとなることで対中非難が強まるのは必至だ。

さらにロシアからサイバー攻撃を受け、ミサイルや爆撃にさらされても、ウクライナの防空システムが機能し続けたことが、中国空軍を驚かせたことは想像に難くない。

ただ、それでも中国がやって来るとしたら、その時はこれらの壁を突破できると中国が確信した時だ。

それは核の恫喝(どうかつ)であったり、防空システムを突破できる極超音速ミサイルや量子通信の実戦配備などが考えられる。

21世紀の世界で政治家の条件にはしっかりした安全保障観が必須となっているのと同様、蔡総統に求められるのは台湾の主権を担保できる安全保障能力だ。台湾政府は徴兵強化の意向や中距離ミサイルの重点配備案など、安全保障強化に動きだしている。蔡総統は昨秋、米CNNのインタビューで、米軍が実際に台湾で訓練を行っていることを初めて認めた。

中国からの強い圧力にされされている中、台湾政府は外交面でもポジティブに動き、国際社会もそれを好意的に受け止めている。台湾支持表明のため、各国・地域の議員団などの訪台も相次ぐようになった。4月には米上下院の議員団や、スウェーデン議会と欧州議会の合同議員団が訪台。5月3~7日には自民党青年局の小倉将信局長が率いる議員団が台湾を訪問。蔡総統との会談がセットされた。

なおアジア開発銀行(ADB)は先月、22年の台湾の域内総生産(GDP)成長率が前年比3・8%になるとの予測を公表した。昨年12月時点予測(3・0%)から0・8ポイントの上方修正だ。

世界的なパンデミックを引き起こした新型コロナ禍で、在宅勤務や自宅学習が増え、台湾の得意分野となったハイテク製品の輸出が急増し台湾経済の牽引(けんいん)役を担うようになった。

輸出を強力に後押ししたのは、半導体需要の世界的な拡大だった。半導体メーカーの台湾積体電路製造(TSMC)など台湾の受託製造業は、逼迫(ひっぱく)していた電子部品の国際需要に対応するため、1年の大半を通してほぼフル稼働が続いた。

いずれにしても、2016年の総統選に民進党から出馬して初当選し、20年1月の総統選では史上最多の約817万票を獲得して再選を果たした蔡氏にとって、残された2年の任期は正念場となる。