日米連携し台湾有事防げ 米中対立で日本が最前線に
専守防衛の見直し議論を
前統合幕僚長 河野克俊氏
世界日報の読者でつくる世日クラブ(会長=近藤讓良(ゆずる)・近藤プランニングス)の第200回記念講演会が17日、東京都内で開かれ、前統合幕僚長の河野克俊氏が「今後の日本の安全保障とその課題」と題して講演した。河野氏は、中国の台湾進攻について「(中国に)『やらない』という選択肢はない」とした上で、「日米で連携し、『やれない』状況を確立することに専念しなければならない」と主張した。以下は講演要旨。
台湾問題を見るとき、中国の海洋戦略の切り口から考える必要がある。中華人民共和国は1949年に建国された。その際、蒋介石率いる国民党軍は台湾に逃れた。現在中国は「台湾は中国の一部だ」と主張しているが、この時には台湾を完全に施政下におくことができないまま見切り発車で独立を宣言した。
当時の人民解放軍はほとんどが陸軍で、空軍や海軍の戦力は弱小だった。そのため当時は台湾を軍事的に併合すること自体難しかった。毛沢東や鄧小平の時代まではこの状態が続いた。つまり国内を治めることに必死で、中国大陸から太平洋を見ることはしなかった。
しかし70年代、尖閣諸島周辺に油田があることが明らかになると、突如として領有権を主張し始めた。この頃から徐々に海洋に関心を示し始めたと言える。
経済発展をした国が、海洋進出することは歴史上必然だ。海洋には豊富な資源が眠っており、貿易をするためのシーレーン(海路)の確保も必須となるからだ。従って中国が海洋進出を進めていくこと自体は理解することができる。しかし中国は元来大陸国家であり、海洋に対するマナーが分かっていないことが問題だ。
現在、海洋を律している国際法は「国連海洋法条約(94年)」だが、その基本理念は「法の支配」と「航行の自由」だ。一般的には領土や領空に他国の軍隊が無断で侵入した場合、戦争行為と見なされ撃墜するが、領海の場合は他国の軍艦でさえ通航するだけ(無害通航)なら許される。それほど海洋は自由でなければならない。
しかし中国は海洋に勝手に線を引いている。例えば日本列島からフィリピンまで続く第一列島線の内側は東シナ海と南シナ海だが、南シナ海に九段線とするエリアを設定し、歴史的に中国の管轄する水域だと主張している。
これに対し、フィリピンのアキノ大統領(当時)が国際司法裁判所に提訴し、中国の主張には根拠がないとの判決が下されたが、中国は判決を「紙くずだ」として受け入れていない。本来自由であるはずの海洋に線を引くこと自体が大陸国家の発想だ。
このような中国の無法な海洋進出に対抗するためには力によるプレッシャーが必要だ。そのためにクアッド(日米豪印)やオーカス(豪英米)という枠組みがあるが、これらは軍事的な側面もあり共同訓練も行っている。近年、ここにヨーロッパも加わりつつある。中国に対してはこうした多国間の枠組みで圧力をかけるのが一番効果的だ。
中国が海洋進出を確立するためには、第一列島線内において邪魔な存在が三つあった。香港、台湾、尖閣だ。97年に中国に返還された香港は50年間は一国二制度となる取り決めだったが、近年その状態を許容できなくなり、つぶしにかかった。残るは台湾と尖閣だ。
昨年3月にデービッドソン米インド太平洋軍司令官(当時)が、「今後6年以内に中国の台湾に対する脅威が明確化するだろう」と発言した。その後任のアクイリノ現司令官は、「皆さんが考えるよりも早い段階で危機が訪れる」と言っている。
この根拠として二つの要因が考えられる。任期の制限を撤廃した習近平国家主席は今年3期目に突入するが、台湾併合を次の任期である5年以内に成し遂げた場合、毛沢東を超えて終身主席になることも可能だ。そんな野望を抱かないはずがない。
また、中国の軍事バランスの変化がある。10年ほど前は日米の海軍力の方が上だったが、中国は猛烈に軍拡を進め、今では数の上では日米を凌駕(りょうが)している。さらに質の面でも安穏とはしていられない。このままいくと中国優位の軍事バランスになっていく。習近平の政治的野心と、台湾併合が可能な軍事バランスの二つを見ると、台湾有事が現実味を帯びてくる。
この問題について議論する際、「慎重な中国がリスクを冒してまで台湾に進攻するわけがない」という人がいるが、そんな議論は何の意味もなさない。なぜなら台湾を進攻するか否かはすべからく中国の意思に懸かっているからだ。日本や米国、台湾の意思とは関係ない。中国にとって台湾併合を「やらない」という選択肢は絶対にない。
しかし、「やれない」ということはある。台湾有事になれば与那国や尖閣は間違いなく戦域になり、日本も大きな被害を受けることになる。だから日米で連携し、「やれない」状況を確立することに専念しなければならない。
軍事バランスの典型例が地上発射型の中距離ミサイルだ。グアムの米軍基地や空母を狙い撃ちするために、中国が1250発以上保有しているとされている。これに対し米国はゼロだ。なぜなら「米ソ中距離核戦力全廃条約(87年)」を結んでいたからだ。米ソが中距離ミサイルをゼロにしている影で、中国がどんどん増やしていた。これを受けてトランプ大統領(当時)が条約を破棄した。今後米国は中距離ミサイルをアジア地域に配備する計画を持ってくるだろう。
米ソ冷戦時、世界の安全保障の最前線はヨーロッパの西ドイツだった。しかし現在、米国は主たる敵を中国に変えた。そのため日本の周りの戦略地図が大きく変わった。その結果、世界の安全保障の最前線に日本が立ってしまった。だから中距離ミサイルについても、自国の問題と捉えなければならない。日本も独自のミサイルを持つことを真剣に考えなければならない。少なくとも日米共同運用にする必要がある。
国内では敵基地攻撃の議論が加速しているが、射程の長いミサイルなどを持つとなった場合必ず、専守防衛に反するという意見が出てくる。専守防衛の定義は防衛白書によると、自国が攻撃されたら反撃するが、攻撃を受けた場合に行使する防衛力は自衛のための必要最小限とされており、保持する防衛力も自衛のための最小限となっている。これは憲法の“精神”に則(のっと)った受動的な防衛戦略の姿勢だ。攻撃的な兵器を持たない理由はここからきている。
これを日米同盟に落とし込んで「日本は盾、米国は矛」としてこれまでの防衛政策が進められてきた。しかし憲法は本当にこの状態を求めているのかが疑問だ。攻撃を受けているのに、反撃を「必要最小限でやれ」という国があるか。侵略されたら、国民を守るために全力を尽くせと言うのが普通の国であり軍隊だ。最初から必要最小限として、「必要最小限とはどこまでか」と国会で議論するような国はない。本当に憲法9条の精神がこれなのかもう一度議論してもらいたい。
サイバーや宇宙といった時代に盾と矛を切り分けるのは難しい。これまで議論がはばかられていた打撃力や反撃力を持つべきだ。攻めてきたらしっかりと反撃をする。しかし国際紛争を解決するための手段としては、絶対にこちらからは手を出さないという国柄であるべきではないか。