断交50年の日台「積み木外交」 米欧と共に深化する実務関係

台湾の蔡英文総統=1月14日、高雄市(AFP時事)

今年は日台にとって特別な年だ。1972年9月29日、日本が中華人民共和国と国交を樹立し、中華民国(台湾)と断交してから50年が流れたのである。ただ、この50年を振り返ってみると、日台間に外交関係がないことをことさら嘆く必要はないのかもしれない。そう思わせるほど昨今の日台関係は緊密化の度合いを高めている。(台北・早川友久)

ニカラグア断交に冷静な反応

国交断絶後の日台関係は、双方の窓口となる「民間団体」として設置された日本側の「交流協会(現・日本台湾交流協会)」と台湾側の「亜東関係協会(現・台湾日本関係協会)」によって関連事務が引き継がれたが、その内容は経済・貿易・技術・文化といった実務関係の維持のみに限られた。

「日中共同声明」において、中国の言う「台湾が中国の領土の不可分の一部である」との主張に対して日本政府は「十分理解し、尊重する」とだけ表明した。しかし、台湾が中国の一部だとする「一つの中国」原則に対し、日本は腫れ物を触るように扱ってきた。総統を退任し、訪日を希望した李登輝へのビザ発給問題が起きたのも、日本が過度に中国の顔色をうかがい、台湾を軽視してきたことの表れだった。

外交関係がないながらも、双方の関係が大きく前進したのは2000年代後半である。断交以来、日台は経済的な結び付きを基礎に発展が続いてきたが、経済発展を背景に、中国が覇権主義的な野心を露(あら)わにすると、東アジアにおける安全保障のバランスが崩れ始めた。一方で、台湾では民主化が進み、平和的な政権交代も実現したことにより、台湾が日本と同じ価値観を共有するパートナーであり、地政学上も安全保障上も重要との認識が広がり、日台関係の緊密化が喫緊の課題となったのだ。

実務的な関係に限ることを求められた日台関係の前進に使われたのは「覚書」の締結だった。2000年代後半から、日台間では実に40以上もの覚書等の取り決めが調印され、双方から「断交以来、最良の関係」との声が上がった。この時期から現在までに締結された覚書は、断交後50年間で結ばれた覚書の7割以上に相当する。

国交がない関係であっても、租税や知的財産など、各分野における覚書の締結を一つずつ積み上げてきた実績について、台湾メディアに問われた交流協会の担当者(当時)が次のように答えている。

「日本にとって台湾は『特殊な外交地位』にあり、FTA(自由貿易協定)を結ぶことは困難である。しかし、日台双方が暗黙の了解を通じてテクニカルに処理すれば、FTAを結ばなくとも同等の効果を得られる。それが『積み木外交』なのです」

つまり、FTAの各項目に相当する覚書を積み木のように積み上げていくことで、実質的に条約を結んだことになるのである。このように、日本と台湾は50年の間に、実務的な関係を積み重ねることで緊密化してきた。特に台湾側は、日本との関係がより深まってきたことに自信を持っているように見受けられる。

昨年12月、中米のニカラグアが台湾と断交し、中国と国交を樹立することを一方的に宣言した。2016年に民進党の蔡英文政権が発足してから、台湾が国交を失った国は8カ国目であった。しかし、断交のニュースに接した台湾の人々の反応は総じて冷ややか、かつ冷静だ。

その原因は、何よりも日本、そして欧米など民主国家との関係が明らかに格段と深まっているからに違いない。地理的にも心理的にも台湾から遠く、簡単に中国になびくような国との国交よりも、日米欧などとの関係深化の方が重要だということを国民がすでに気付いているのだ。

断交50年を迎え、日台交流協会台北事務所の泉裕泰代表は、2022年を「日台関係100年の折り返しにしたい」と述べた。この発言は、日台間の実務的な関係が今後もしばらく続くことを前提としたものだ。実際に、日中関係は正式な外交関係、日台関係は実務関係と規定した「72年体制」が一朝一夕に変化することはないだろう。