
今回の投票用紙不足問題では、事の発端となったソウルの「蚕室(チャムシル)投票所」(オリンピック公園内ハンドボール競技場)前で続いている抗議集会のスローガンを巡り、「不正選挙だと指摘せず、再選挙だけを要求しよう」と主張する若者が現場に現れたという未確認情報が広がった。現れたのは、韓国大学生進歩連合という極左学生団体に所属するメンバーだ。
「不正選挙」を強調すれば、選管だけでなく、李在明政権にも批判の矛先が向きかねない。選管幹部は李氏と同じ革新系の法律家出身者が多く、関係が疑われるためだ。左派学生の登場が事実とすれば、それは李氏の立場を忖度(そんたく)してのことだったのだろうか。
しかし、集会では「不正選挙」というフレーズが定着し、参加する若者の多くは共通認識を抱いているようだ。李氏は抗議集会に参加する若者たちを「支持する」と述べたが、本音は「よもや政権退陣運動に発展しはしまいか神経を尖(とが)らせている」(政党関係者)のかもしれない。
一方で李氏は問題発覚後、「信頼を失った独立機関は存在の意味がない」と発言し、選管バッシングに余念がない。金民錫首相は「選管がこのような(無責任な)態度を取るなら、解体しなければならないという声が出ている」と述べ、解体論に踏み込んだ。
李氏の指示で警察・検察合同の捜査本部が発足し、選管が家宅捜索を受けた。与野党は選管に対する国政監査を実施することで一致するなど、選管が全責任を負わされる可能性も出てきた。
選管を解体するには憲法改正が必要だが、実は与党「共に民主党」は今回の地方選と同時に改憲を問う国民投票の実施を推進しようとした。国会の採決で保守系最大野党「国民の力」の壁に阻まれて見送られたが、今度は「選管解体」という大義名分の下、再び改憲を進めようとする可能性が出ている。ただ、そこにはある底意(そこい)が隠されているという。
韓国の保革対立に詳しい李熙天・元国家情報大学院教授はこう指摘する。
「与党の改憲案には幾つかの毒素条項がある。特に前文に釜馬民衆抗争と光州民主化運動の理念継承を盛り込もうとしていて、これは保守派全体を反憲法的な積弊勢力と規定しようという思惑があると見るべきだ」
釜馬民衆抗争(1979年)は朴正熙大統領の維新独裁体制に反対し、南東部の釜山、馬山で起きたデモのこと。光州民主化運動(80年)は全斗煥政権による軍事独裁に抗して起きた市民の抵抗を指す。
李元教授によれば、すでに前文に記されている、李承晩政権下野を実現させた4・19革命(60年)と合わせ、歴代保守政権に抵抗した左派を憲法上「善」と定め、建国と経済発展の礎を築いた李承晩、朴正熙両元大統領や両氏と理念的に近い全斗煥元大統領を反憲法的存在と位置付けるのが与党改憲案の目的だという。
その延長線上にいる保守系の李明博、朴槿恵両元大統領、尹錫悦前大統領までひっくるめ、「反憲法的な積弊勢力」と見なす根拠を憲法に明記すれば、国民の力をはじめ保守派の大半は「違憲的な存在」ということになりかねないわけだ。
今回の地方選では、これまで強力な与党支持層だった20代女性有権者のうち、一定程度が保守支持に旋回したとみられている。就職難や住宅難など彼女らが抱える現実問題への解決策を現政権が示し切れていないことなどが背景にあるとみられる。
専門家は今後、「投票用紙不足問題で与党離反が加速する可能性もある」(厳垌煐・時代精神研究所所長)と見ている。選挙前は「圧勝」の呼び声も高かった与党にとって、投票用紙不足問題は青天の霹靂(へきれき)だったと言える。
(ソウル上田勇実)






