
ロシアによるウクライナ侵攻の仲裁にトランプ米大統領が乗り出し、ウクライナは停戦案に合意したものの、ロシアはこれを受け入れず、交渉は難航している。一方で戦時経済体制を構築したロシアは、停戦したとしても平時経済への回帰は困難であり、戦時経済体制の継続のため新たな「外敵」をつくり出すのでは、との見方が出ている。(繁田善成)
ウクライナ侵攻の長期化と、欧米による経済制裁を受け、プーチン政権は戦時経済体制への移行を進めた。軍事支出を3・5倍以上に増加させ、治安部隊への支出と合わせ、国家予算の約40%をこれに充てた。2025年度の軍事予算は13兆5000億ルーブル(約23兆円)で、ロシアの国内総生産(GDP)の約6・2%に相当する。
軍需工場はフル稼働しており、雇用も急増した。この影響でロシアの平均賃金は約1・5倍に増加した。カネ回りが良くなったことで消費意欲は拡大し、ロシア経済は好況に沸いた。
もっとも、ロシア経済の約3割を占める貿易、社会サービス、文化・スポーツ、レジャーなど六つのセクターは、ウクライナ侵攻開始以降、縮小が続いている。
プーチン政権は国民の貯蓄に手を付けておらず、また、経済を完全に国有化し、私有財産を没収したわけでもない。国家経済を総動員した「総力戦」の段階には至っておらず、そういった意味ではまだ余裕はある。
しかし、停戦が実現したとして、ウクライナ侵攻以前の平時の経済に戻せるかと言えば、それは簡単なことではない。現在のロシア経済の、成長の唯一の源泉は軍事支出である。平時の経済に回帰することは、これを削減することを意味する。
プーチン政権は和平協定締結の条件の一つとして、トランプ大統領に、経済制裁の解除を求めている。しかし、制裁が一部でも解除されたとしても、ロシアの置かれた状況はほとんど変わらないだろう。
ロシアの主な輸出先は欧州であったが、欧州に対露経済制裁を解除する考えはない。以前のように天然ガスを買ってくれることもない。
ロシアから引き揚げた外国企業にとって、ロシアはカントリーリスクが極めて高い国である。そう簡単に戻ってくることはない。
プーチン政権は、戦時経済体制を継続するしかないだろう。ロシア経済は「総力戦」の段階に至っておらず、まだ余裕はある。少なくともあと3、4年は現状を継続できる、との見方が強い。
ただ、これを正当化する理由が必要である。国内か国外かは問わないが、ウクライナに代わる新たな「敵」をつくることだ。
国内の敵についていえば、すでにプーチン政権に反対する勢力は徹底的につぶされており、敵となる「顔」も「組織」も見当たらない。
かつてのチェチェン紛争のように、周辺地域で緊張をつくり出し「対テロ作戦」を行うという可能性はあるが、そのような内部の「敵」をつくり出すにはかなりの労力が必要だろう。
「敵」を外部に求め、現在の「敵に包囲された要塞(ようさい)(ロシア)」政策を継続する方が簡単である。この場合「敵」は欧州、ということになるだろう。ロシアを安全保障上の脅威とし、欧州再軍備計画を承認し軍拡に舵(かじ)を切ったことも、分かりやすい論拠となる。
プーチン政権は、2014年に併合したクリミアが、本土から離れた飛び地であることを解消する目的もあり、ウクライナ東部・南部を占領し陸上回廊をつくった。
同様な飛び地が、ポーランドとリトアニアに挟まれたカリーニングラードだ。「敵に包囲された要塞」の“弱点”ということになる。
ウクライナに動員した兵力の一部を西に振り向け、カリーニングラードと、ロシアの同盟国ベラルーシの間にある「スバウキ回廊」を巡り緊張をつくり出し、戦時経済体制継続の理由とする。そのようなシナリオがささやかれている。