
イスラム教徒が人口の大部分を占めるロシア南部ダゲスタン共和国で10月29日、地元住民による反ユダヤ暴動が発生した。ハマスとイスラエルの衝突は、ウクライナを支援する欧米の関心を分散させるなどロシアにとって有利な状況をつくり出すはずだったが、ロシア国内を不安定化させかねない状況をつくりつつある。(繁田 善成)
ハマスとイスラエルの衝突により、欧米にとっては、ウクライナに侵攻するロシアへの対応に加え、中東の紛争という“第2戦線”が形成された形となる。ウクライナへの“支援疲れ”も指摘される中で、欧米諸国が更なる懸念材料を抱え込んだことは、ロシアにとっては願ってもない状況をもたらした。
ハマスがイスラエルを奇襲攻撃した10月7日は、ロシアのプーチン大統領の誕生日でもある。欧米メディアでは「ハマスがプーチン大統領に贈ったプレゼント」とも表現された。
そのロシアの足をすくいかねない事件が、ロシア南部のダゲスタン共和国で発生した反ユダヤ暴動だ。
ダゲスタン共和国は、エリツィン時代に首相となったプーチン氏の人気を不動のものとしたチェチェン進攻作戦(第2次チェチェン紛争)の舞台となったチェチェン共和国に隣接し、人口約300万人のほとんどをイスラム教徒が占める。
ダゲスタン共和国は非常に複雑な民族構成で知られ、民族間の微妙なバランスの上で政権を運営している。氏族・血縁が幅を利かせる閉塞(へいそく)的な社会には汚職が蔓延(まんえん)し、失業率は高く、将来を見通せない若者がモスクワなど他地域に流出する一方で、熱狂的なイスラム教徒になることも多い。
そのダゲスタン西部の都市ハサブユルトで10月28日、若者らが市内の複数のホテルに集まり、チェックインしたとされるユダヤ人の引き渡しを要求した。若者らはホテルの部屋に踏み込んで宿泊客をチェックするつもりだったが、警察の説得に応じ解散した。
そして翌29日夜、ダゲスタン首都マハチカラの国際空港に、約1500人の地元住民が結集した。彼らは「イスラエルからの避難民が到着する」という交流サイト(SNS)メッセージに呼応したもので、反ユダヤ主義のスローガンを叫び続けた。
空港から出発する車を止め「パスポート検査」を強要した。囲まれた男性が奪われたパスポートの返還を求め「自分はユダヤ人ではなくウズベク人だ」と叫ぶ映像が拡散した。暴徒と化した人々はターミナルに押し入り、旅客らのパスポートを次々と奪い、職員のオフィスにも乱入した。空港警備員は抵抗できず、なすがままに任せた。
さらに、ユダヤ人が乗った飛行機を見つけるために駐機場に押し入った。駐機していた旅客機は乗客の危険防止のため扉を閉め、旅客らは3時間以上、機内に閉じ込められた。到着した特殊部隊が一部の暴徒と衝突し、威嚇射撃を行うなどして制圧し、200人以上を拘束した。
この襲撃で、警官9人を含む20人以上が負傷し、うち2人が重傷。マハチカラの国際空港は2億8500万ルーブル(約4億6000万円)の損害を負った。
ダゲスタン共和国側は激怒し、当局者の1人は「暴動の参加者を特別軍事作戦(ウクライナ侵攻作戦)に送ってやる」と発言した。
余談だが、ウクライナ侵攻作戦は、“ナチスであるキエフ政権から虐げられているウクライナの住民を救うための正義の作戦”であり、侵攻作戦への参加は、ロシア人の愛国心の発露であったはずである。共和国指導層の、懲罰として軍事作戦に送り込むという発言は、同作戦の本質を表しているのだろう。
プーチン大統領は翌30日、安全保障会議を招集し「SNSを通じて欧米側の工作員が扇動したものだ」と、暴動の首謀者はウクライナの諜報(ちょうほう)機関や欧米であると主張した。さらに、拘束者に対し、わずか禁錮8日から10日間の行政措置を科すことも明らかにした。
ロシアでは「特別軍事作戦」を戦争と呼び、「虚偽の情報」を流布した人々に、最大で懲役15年を科す。これと比べれば、今回の“懲罰”がいかにバランスを欠いているかが分かる。
ロシアは多民族国家であり、国内に2000万人のイスラム教徒を抱える。一方で、政権を経済的に支える財閥など、富裕層の多くをユダヤ系が占める。
反ユダヤ暴動の根には社会に対する不満がある。ハマスとイスラエルの衝突は、ウクライナ侵攻という観点では確かにロシアに有利な状況をつくり出した。しかし同時に、国内を不安定化させかねない状況ももたらしたのだ。プーチン政権が暴動への対応を誤れば、イスラム教徒の不満が政権に向けられるか、または、富裕層の離反を招きかねない。
だからプーチン大統領は、暴動の責任を欧米になすり付けるしかないのである。