
ウクライナの大規模攻勢が予想される中、ロシア国内では鉄道や送電線などを狙った破壊工作が続いている。攻勢を前にロシア軍の兵站(へいたん)を混乱させることが目的とみられる。一方で、クレムリンを狙った無人機攻撃も行われた。この無人機がどこから飛来したのか、誰が行ったのか、真相は謎のまま、9日には戦勝記念日の式典が行われた。(繁田善成)
ロシアで最も愛国心が高まる日―それが、5月9日の対独戦勝記念日を形容する枕詞(まくらことば)の一つだ。第2次大戦でナチス・ドイツと戦い、ナチスから欧州を解放した勝利者としてのソ連―ロシアを自賛するイベントである。
赤の広場でプーチン大統領らが出席する中、ロシアのエリート部隊から集められた兵士らが行進し、その後、さまざまな軍用車両がパレードを行った。
ロシア国防省は今年3月、モスクワの軍事パレードには兵士1万人が参加するとしていたが、実際に参加したのは約8000人だった。また、パレードに参加した戦車は、第2次大戦のソ連軍の主力だったT35戦車1両のみだった。短距離弾道ミサイル「イスカンデル」や大陸間弾道ミサイル「ヤルス」なども披露されたものの、戦闘機の上空飛行も行われず、規模は大幅に縮小された。
規模の縮小についてはロシア国内でも議論を呼び、下院国防委員会のザバルジン委員は「戦車は十分にあるが、戦闘準備状態にあるのでこうなった」と言い訳をしていた。
一方、昨年の戦勝記念日式典に出席した旧ソ連の首脳はベラルーシのルカシェンコ大統領だけだったが、今回は7カ国―アルメニア、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ベラルーシの首脳が出席した。
軍事パレードの終了後、この7カ国の首脳はプーチン大統領と一緒に歩いて、隣接するアレクサンドロフスキー庭園にある無名戦士の墓に移動し、献花式に出席した。ロシアが国際社会で孤立し、旧ソ連諸国の「盟主」としての地位が揺らぐ中で、国内向けには良いアピールになっただろう。
戦勝記念日の“主役”は、第2次大戦で戦った退役軍人らである。普段はわずかな年金で細々と暮らしているが、この日ばかりはありったけの勲章を胸に付けて町に繰り出し、人々から盛大に祝福される。
いくらウクライナ侵攻が厳しい局面にあろうともプーチン大統領は、政権の主要な支持基盤である彼らの、年に一度の晴れ舞台を中止することはできなかったのだろう。
実際、戦勝記念日を目前にした3日未明、クレムリンにある大統領府ドームの上空に飛来した2機の無人機が爆発する事件が起き、「戦勝記念日の式典を中止、もしくは大幅に縮小する口実作りのための、クレムリンの自作自演ではないか」との見方が出ていた。
この事件については、「自作自演」のほか、ロシア政府の公式発表である「ウクライナによる攻撃」や、「ロシア国内のパルチザンの仕業」との見方がある。
しかし、もし無人機がウクライナから飛来したのならば、それを許した防空軍司令官のクビが飛ぶだろう。国内のパルチザンの仕業ならば、連邦保安局(FSB)の責任が追及される。そのどちらの兆候もなく、大統領府からも、事件を理由に式典を縮小するという話は出なかった。
そのまま式典当日を迎えたのだが、プーチン大統領の演説にも“無人機攻撃”への言及はなかった。「自作自演」ならば、事件を最大限にアピールし愛国心を訴えたり、ウクライナを非難したりしてもいいはずなのだがそれもなく、依然として事件は謎のままである。
もっとも、この事件を別としても、ウクライナの無人機による攻撃は相次いでいる。加えてロシア各地で破壊活動も続いている。ウクライナが大規模攻勢を始める前に、製油所、格納庫、送電線、鉄道などを破壊し、ロシア軍の兵站を叩(たた)く作戦とみられている。