
ウクライナ侵攻が膠着(こうちゃく)状態となる一方、石油や天然ガスの輸出が減少し経済面でも苦境に陥ったロシアで、戦争反対派の摘発が相次いでいる。プーチン大統領は治安機関代表らとの会議で「情報提供者は体制の基礎である」と述べたといい、恐怖政治が強まりつつある。(繁田 善成)
欧米諸国による制裁や資源価格の下落により、エネルギー輸出による収入が歳入の多くを占めるロシア財政の悪化が進んでいる。ロシア財務省は7日、2023年第1四半期の財政収支が2兆4000億ルーブル(約3兆9000億円)の赤字となったと発表した。
エネルギー輸出による収入は前年同期比で45%減少する一方、軍事費などの増加により、歳出は34%増の8兆1000億ルーブル(約13兆1625億円)に達した。
財政赤字の拡大を受け、ロシアの通貨ルーブルは、昨年4月以来の安値である1ドル83ルーブルに急落した。中国人民元に対しても下落している。
ロシア軍はウクライナ東部ドネツク州の完全掌握を目指し、要衝バフムトで攻勢をかけ、占領地を広げているとみられる。一方で、南部の支配地域では防衛線の構築を進めている。欧米諸国から戦車や重火器を供与されたウクライナ軍の大規模攻勢を前に、戦略的要衝を掌握し、有利な陣地を確保する狙いだろう。
もっとも、エネルギー輸出による収入が減少し、経済面でも苦境に陥ったロシアが、いつまで侵攻を続けることができるのか。
ロシアは財政赤字の穴埋めのため、輸出の余剰収益を積み上げてきた「露国民福祉基金」の取り崩しを進めており、早ければ半年で基金が底を突く可能性がある。ルーブル安は物価高を招き、国民生活を悪化させる。国民の愛国心を鼓舞することで求心力を維持してきたプーチン政権の、足元がぐらつきかねない事態である。
このような中でロシアでは、戦争反対派の摘発・逮捕が相次いでいる。中でも、ソーシャルメディア(SNS)に戦争反対メッセージを書き込んだ人々が逮捕されるケースが目立つ。
「精神分裂症の一つの形態は、外国の領土で祖国を守ることだ」。つまり、ウクライナに侵攻したロシアが祖国防衛を語ることは精神分裂状態と同じだ、とSNSに書き込んだニジニ・ノブゴロドに住む年金生活者の男性が、「軍の信用を傷つけた」として逮捕・起訴された。
「プーチンは戦争犯罪者だ。ロシア語を話す人々が住む(ウクライナ東部の)ハリコフやマリウポリをなぜ破壊できるのか。この殺人を始めたのはプトラー(プーチンとヒトラーを合わせた造語)だ」。SNSにこう書き込んだサンクトペテルブルクの考古学者は、懲役5年半の有罪判決を受けた。
ウクライナ侵攻支持集会について「これは爆弾だ!」とSNSに書き込んだベルゴロド州の住民は「テロに関する虚偽の流布」の容疑で逮捕・起訴された。
親戚との私的な電話でウクライナ侵攻を批判した元警察官の男性が「虚偽の流布」の容疑で逮捕された。電話を盗み聞きした警官が告発したのだ。
これらはこの1週間のうちに起きた逮捕・起訴の一部にすぎない。
治安機関が、戦争反対派の摘発に躍起になるのは、それがプーチン大統領の意思だからだ。プーチン大統領は3月30日、ビデオリンクを通じて治安機関代表者らと会議を行い、情報筋によると「情報提供者は体制の基礎である」と語った。23年第1四半期に行われた“当局への情報提供”は、昨年の第4四半期と比較し128倍に達しており、プーチン大統領はその報告に満足の意を示したという。
さらにプーチン大統領は翌31日、政府の安全保障理事会で、連邦保安局(FSB)に対し、スパイ摘発の労苦をねぎらうとともに、ここで立ち止まってはならず、さらなる摘発を進めるよう指示したのだ。反対派に「スパイ」のレッテルを貼り、徹底して取り締まる。そうやって恐怖で国民を支配する。自らが始めたウクライナ侵攻で窮地に陥ったプーチン政権は、かつてソ連が行った恐怖政治で、国内の引き締めを図っている。