
ロシアや中国による偽情報で世界は分断の危機にある。1期目のトランプ米政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたハーバート・マクマスター氏は11日、都内で開かれた偽情報がテーマの国際フォーラム(主催・笹川平和財団など)で強い危機感を示し、情報の発信源を見極め、人々に正確な情報を伝えることの重要性を説いた。(豊田 剛)
「ウラジーミル・プーチンは欺瞞(ぎまん)の達人」。基調講演したマクマスター氏はロシアのプーチン大統領をこう表現し、「ロシアはウクライナに責任を負わせるために偽情報を氾濫させている」と訴えた。
ロシアがウクライナ侵攻を始めた2022年2月、ウクライナのゼレンスキー大統領が国外退避したという偽情報が流れた。今年2月末、米国とウクライナの首脳会談が決裂した。その際、ネットにはウクライナ軍が不利になるといった情報や偽動画が多く出回った。
「プーチン氏は25年前に権力を握ってから4人の米国大統領を騙(だま)してきた。米国の指導者だけにとどまらず、フランスの現・元大統領、ドイツの首相2人を含む」とも明らかにした。
ロシアによる認知戦は2016年の米大統領選で顕著になった。ロシア政府関係機関が10万㌦(約1500万円)を費やして3千超の広告枠を購入。さらに、サンクトペテルブルグの調査機関インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)が、ネット世論を調査する部隊を用いて虚偽の書き込みや書き換えを組織的に実施した。同年、英国で行われた欧州連合(EU)離脱を問う国民投票でもIRAが離脱世論の形成に関与したことが指摘された。17年のドイツ議会選でもロシア系メディアがフェイクニュースを流したことが明らかになっている。
フォーラムでは、データ分析の専門家が、ロシアと中国の認知戦の手法を説明した。ロシアは、相手国が内包する矛盾を見極め、その矛盾をフェイクニュースなどの手段を用いて増幅させる。亀裂拡大によって相手社会を自滅に追い込むのが常套(じょうとう)手段だ。中国は、戦わずして勝つ超限戦、すなわち三戦(心理戦、世論戦、法律戦)を重視。認知での優位性を確保し、敵を弱体化させ、虚偽情報で誤った判断を導くというやり方だ。
ウクライナ支援を巡って現在、米欧に亀裂が生じている。NATO(北大西洋条約機構)加盟国は一枚岩ではない。マクマスター氏は、中露のほかイランと北朝鮮が「侵略者の枢軸」として一体化しており、日米を含めた民主主義陣営が「危険な世界に直面している」との認識を示した。枢軸国家に対抗するには「敵対勢力が認知戦を使って分断と自信喪失に追い込もうとしている」ことに気付けるようにどう「教育」するかが重要だと強調した。
「プーチン氏をなだめようとする努力は失望に帰すだろう。自由で安全で主権を持つウクライナを取り戻す唯一の方法は、プーチンに敗北を納得させることだと私は信じている」
マクマスター氏の言葉からは、ウクライナ停戦は険しい道のりであることが伝わる。
フォーラムには、元内閣官房副長官補の兼原信克氏と元国家安全保障局長の北村滋氏が登壇した。兼原氏は「世界の80億の人がネットでつながり、小さな水槽に入っているような状態。そのサイバー空間に毒液がぽたりぽたりと落とされている」と強い危機感を示した。
「現代戦の定石は最初に物理的衝突が来るのではない」。北村氏は、サイバー攻撃、経済的威圧、政治謀略、代理勢力による争いを経て、軍事的手段は最終段階に来ると指摘、「計略を重ねて手を打ってくることを常に意識する必要がある」と強調した。
露朝が軍事協力しており、中国の軍事力は近い将来、米国に追い付くことが予想されている。北東アジアの安全保障環境は厳しさを増す一方だが、これら3カ国に直接対峙(たいじ)しているのは日本だけだ。
フォーラムには石破茂首相がビデオメッセージを寄せた。「インターネット空間では、世界各国の情勢や多様な知見や意見が容易に入手できる利点がある一方で、真偽不明な情報に翻弄(ほんろう)されている。国際的に大きな課題になっているのが、悪意を持って拡散される偽情報への対策だ」。
石破氏は、偽情報拡散が「他国の世論、意思決定に影響し、好ましくない状況をつくっている」ことに強い警戒心を示した上で、「価値観を共有する多くの国々と連携しながら健全な言論空間の確保や安全保障に取り組む」と誓った。