
「勝利を心からお祝いします」――。次期米大統領が決まった昨年11月6日、台湾の頼清徳総統はX(旧ツイッター)に英語と中国語で投稿し、大統領選で勝利したトランプ氏への祝意を表し、強い米台関係への自信を示した。
トランプ氏の大統領就任について台湾の多くの専門家は、今後も米国は台湾に対して友好的で、中国に対する強硬的な姿勢に変化はないとみている。それは、民間シンクタンク「台湾民意基金会」が昨年11月に実施した世論調査結果に表れている。「トランプ氏が大統領に就任後、米台関係が薄れることを心配するか」という問いに対して65・3%の人々が「心配していない」と答えた。
一方で、台湾では実際に有事が起きても米軍は支援してくれないという「台湾放棄論」も根強い。米国に見捨てられるのではという疑念が米台関係強化を嫌う中国の付け入る隙となっている。
中国は巧みな情報戦で、米国への不信感がいつの間にかトランプ氏個人への不信感に変わり、やがては米台間の不信感につながるように誘導している。
例えば、トランプ氏の「米国に守ってもらいたいなら保護費用を出せ」といった発言が台湾では大きな論争となった。ネット上では意見が大きく分かれている。「台湾はお金がある。それで安全が保障されるなら払えばいい」などといった肯定的な考えがある一方で、「米国がヤクザのようにみかじめ料を請求してきた」「台湾を守るか守らないかを金額で決めるのであれば、中国がより高額な額を(米国に)支払った場合は台湾を守らないのではないか」などと主張する人々がいる。
トランプ氏の発言に否定的な人々の懸念は、中間層が共感しやすい内容のものが多い。保護費を米国に支払うかどうかで台湾が守られるのかという駆け引きにより、中国寄りの人たちが中間層に対して米国への不信感を植え付けている。
台湾国防部は今月3日、2024年に中国が台湾社会に対して行った認知戦について発表した。認知戦は心理戦や情報戦など人間の脳、つまり思考する認知領域を標的にした戦争の形態だ。国防部の調査・分析によると、フェイスブックやユーチューブなどのSNSを用いた偽・誤情報の拡散は23年よりも増加したという。内容は米国・台湾軍・頼氏に対して不信感を抱かせ、台湾政府への信頼を損なわせる内容と社会の対立を煽(あお)る内容のものが目立った。
蔡英文前総統は昨年11月、カナダで開催された国際安全保障フォーラムで演説した際に「外部勢力は民主主義国家の自由な情報環境を利用し、SNSなどで偽・誤情報を拡散させることで民主主義の基礎を脅かしている」と世界中の民主主義国に警戒を促した。また、人工知能(AI)により言語の制限がなくなり、以前よりも容易に情報戦が行われるようになったと警鐘を鳴らした。
武力侵攻も辞さない中国が海峡を隔てて対峙(たいじ)する台湾にとって、米国は無二の後ろ盾だ。頼氏にとって、トランプ氏が多少の無茶な要求を突き付けても台湾は、のまざるを得ないという現実は完全に否定できないだろう。
中国の覇権国の地位を虎視眈々(たんたん)と狙う野心を見抜き、強硬な姿勢を見せている米国と台湾の利害は一致する。台湾海峡の安全は、トランプ氏が大統領就任後、台湾に対し実際にどのような対応を取るかで大きく左右されるといえる。
(宮沢玲衣)